クラスメイトは颯爽と
壱
「えっと……」
葵は鼻の頭を掻いた。転入の挨拶をしたかったのだが、クラスメイト達が机に突っ伏したまま、誰一人顔を上げないのだ。葵は担任に助けを求めたが、女性の担任教師も立ったままだが、頭を下げているのである。これはどうしたものかと思いながら、葵は皆に声を掛けた。
「み、皆さん、顔を上げてもらえますか? ご挨拶したいので」
葵の呼びかけに対し、クラスメイトは皆戸惑いながらも、それぞれ顔を上げる。クラス中の視線が自分に一気に集中したことに葵はやや緊張しながら自己紹介を始めた。
「は、初めまして、
そう言って葵はニコッと微笑んだが、クラスメイトはほぼ無反応だった。すると担任が恐る恐る葵に話しかけてきた。
「……恐れながら上様」
「え? 上様? あ、私のことですか?」
「はい、左様でございます」
「いや、あの、普通に名字で呼んで下さい」
「い、いいえ、そういう訳には!」
「教師が生徒に様付けっておかしいでしょう? 皆と同じ扱いで構いませんから」
「し、しかし……」
「校長先生と教頭先生にはその旨お伝えした筈なんですが……」
葵は前日に校長と教頭と対面をしていた。その際も先程と同様に頭を下げられたままの状態で、何とも居心地が悪かったので、一般生徒同様に扱って欲しいとの要望を伝えた。しかし教職員全体には周知されていなかったのだろうか。ちなみに朝の集会で全校生徒の前で大々的に紹介するという話も出たが、恐縮した葵が固辞した。だがこのままではマズいと思った葵は皆の前に向き直って語りかけた。
「い、一応今の私は征夷大将軍ということになりますが、ご存じのように生まれながらの将軍でもなんでもありません。ひと月前まで単なる女子高生でした。だから皆さんもただのクラスメイトの一人として接して下さい!」
葵の突然の呼びかけに皆それぞれ驚いた反応を示した。しばらく教室を沈黙が包んだ。
「で、では、も、若下野さん」
「はい」
「座席ですが、この列の一番後ろになりますが……」
「あ、分かりました」
「や、やはりお一人のクラスの方が良かったでしょうか? すみません、空き教室が現在ございませんので……」
「い、いいえ大丈夫です! この二年と組でお願いします!」
一人きりで教師とマンツーマンで授業を受けるという気まずい状態など、いくら葵が真面目な生徒だといっても真っ平御免である。すぐさま指定された座席に座った。その後ホームルームが終わったが、葵は困惑していた。明らかに他の生徒から距離を置かれているのである。自ら話しかけるべきであろうか、それとも誰かが話しかけてくるのを待つべきか、ぐずぐずしていると休み時間が終わってしまう。自らを比較的社交的な性格だと考えていた葵だったが、まさかここまで他の生徒と“壁”が存在するとは思ってもみなかっただけに、どうしても一歩が踏み出せなかった。すると……
「こんにちは」
葵の目の前に、スラリとしたスタイルの長い黒髪の眼鏡を掛けた女性が立っていた。
「あ、こ、こんにちは!」
葵はガタっと立ち上がって自分よりも少し背の高い相手に挨拶を返した。
「本来ならこうして口を利くのも失礼に当たるかと思いましたが……先程のお言葉に甘えて話しかけさせて頂きました。……ご迷惑だったかしら?」
「い、いえとんでもない!」
「それは良かった。ああ、申し遅れました。わたくしは
「若下野葵です! 葵って呼んで下さい!」
「流石に呼び捨てはこちらが恐縮してしまいます……葵様とお呼びするのは如何でしょうか?」
クラスメイトに様付けも大分おかしな話だと思った葵だったが、ここは焦らずに距離を詰めるべきだと判断した。
「ま、まあそれで良ければ。宜しく、伊達仁さん」
「ふふっ、わたくしのことは爽で構いませんよ」
「じ、じゃあ爽……さん」
「もうすぐ一限目の授業が始まりますね。お話の続きはお昼休みにでもゆっくりと」
そう言って爽は踵を返し、席に戻った。その優雅な物腰に葵はしばし目を奪われたが、教師が教室に入ってきたのを見て、慌てて席に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます