同棲with自分
320(みつお)
第1話 2100年 現在…
ある病が世界的に流行してから80年が経過していた。人類は2100年現在、未だにその病に抵抗を続けていた。人類の抵抗は功を奏し、今ではその病による年間の死者数は二桁あれば多いほうだ。その病の名は、ハナレ病という。2020年から50年ごろにかけては別の呼び方をされていたそうだが、2060年初頭に突然変異をした病原体の特性が他の病原体にも移り、それに伴って変化した症状からハナレ病と呼ばれるようになった。その症状は、人格が分かれてしまうというものだ。これは専用の薬の服用によって抑制することができるが、ごくまれに抑制できない場合がある。抑制できなかった者の中には、その辛さから自ら命を絶つ者もいる。この自ら命を絶った者が、ハナレ病の死者として数えられる。そして私もまた、ハナレ病を患っている人間の一人である。
私の名前は
僕の名前は
──2日後──
私たちは今日、町の中心にある商業施設に来ている。流行の最先端を行くようなお店や、おいしいスイーツなどが食べられるお店が立ち並び、私と同年代であろう人々の姿が目に映る。仁実が生まれてから、こういった人の多いところに来るのは初めてだった。不安が無いとは言い切れなかったが、久しく訪れていなかった場所への再訪に心は躍っていた。
「あのスイーツおいしそう!」
突然頭の中に声が響いた。声の主は仁実だ。私の声が私に話しかけてくるのは今でも時折違和感を感じるが、それは気に留めず仁実に返す。
「あのって、どの?」
「右の並びの奥側!いちごのお店!」
仁実が私に返す。声の通りに右の並びを見ると、なるほど確かに美味しそうなお店がある。私が意識していない部分も仁実には見えているらしく、こうして興味を惹かれるものを仁実が発見することも珍しくない。
「行ってみようか。」
そう言って意識とつま先をいちごのお店に向けた。
「仁実、どれがいい?」
「一樹の好きなものでいいよ!」
私と仁実はあくまで同じ体。故に胃袋も一人分で、何か食べるときはこうして相談するのだ。無論、会話は頭の中で行っている。悩む時間が長いこと以外は、周りは変だと思わないだろう。
「それじゃあこのいちごサンデーをひとつ。はい、すぐに食べます。」
私は結局無難な人気ナンバーワンメニューを注文した。そばのベンチに座ってサンデーを口にする。
「…!」
「おいしい。」
驚いた。久々に食べるいちごサンデーがこんなにおいしいだなんて。仁実も、頭を突き抜けて外に聞こえてしまうんじゃないかというくらいの声で同じことを言った。
いちごサンデーを食べた後、少し歩いて私たちは衣料品店を訪れていた。ここは、ドレスやタキシードといった格式高い服から、ダメージジーンズなどのラフなものも売っている、私がよく訪れるお店だった。私がこの商業施設に来たメインの目的は、ここで仁実の服を買うことだ。私は普段からジャンルを問わずにその日の気分で服を選ぶので、服の種類自体はたくさん持っているのだが、仁実が着たい服も見繕ってやるべきだろうと家族に勧められたのだ。
「どんな服が着てみたい?」
頭の中で仁実に語りかける。仁実は元は私の人格から分かれた人格だが、仁実として3か月の間過ごしたことで、私の感性と差異が生じていることがある。ファッションに関しても例外ではないようだ。
「かっこいい系がいいなー!一樹が着てて苦しくないのが大前提だからね!」
「はいはい」
私は周りに気づかれない程度に微笑みながら仁実に返す。自分が自分に愛されている図が可笑しくて、つい笑ってしまったのだ。
――少し後――
「これでどう?」
「完璧だよ!一樹はやっぱり何を着ても似合うね!病衣を着てる時から思ってたんだ!」
「病衣は言いすぎじゃないかな…。」
私が選んだのは白のブラウスにグレーのズボン、そして黒のオーバーコートだ。オーバーコートを一目見た瞬間に、これがいい!と仁実が言ったので、これを主軸にしたデザインにしたのだ。実際私も、このコーデは好きだ。大人びているというか、気品の高さを感じる。コートが風になびくさまもかっこいい。
お会計を済まし、私たちは商業施設を後にした。
今日はたくさん歩いて疲れてしまった。私は帰路にあった公園のベンチに腰掛けた。
と。
「あれ、一樹?おーい!一樹ぃ!」
「…?」
自分の名前を呼ばれた気がして声の方向に振り向くと、見慣れた顔があった。友人の
「ひっさしぶりじゃねぇか!こんなちんけな公園で何してんだぁ?ハナレは大丈夫なのかよ?」
「久しぶり。退院してからは会ってなかったから、2か月ぶりくらいかな?元気そうで何よりだよ。」
「おまえハナレに罹ったの3か月前だろ?なら3か月ぶりじゃねぇか!ハナレの入院なんて3日あれば長い方だろ?」
現在ではハナレ病は風邪と同じくらい当たり前の病気だ。入院すること自体あまり無いし、しても1日2日程度なのだった。
「ごめん、今日はちょっと疲れて、ここで休んでるんだ。この前はお見舞いに来てくれてありがとう。今となっては心配には及ばないよ。」
「それなら
「……そうだよ、でも、大丈夫だから。」
薬を飲まない事例は珍しい。なにせハナレ病で死ぬ人間は、人格が分かれるのを抑えられないから死ぬのだ。薬を飲まないことは、それだけで死に近づくことを意味する。
「大丈夫なわけあるかっての。
河川――
「河川は、多分会ってくれないよ。会ってくれたとしても、また喧嘩になるだろうし。」
河川とは昔から喧嘩が多かった。それでも一緒にいることは多かったので、なんだかんだ言って喧嘩するほど仲がいい関係だった。しかし私がハナレ病に罹った時、私たち二人の関係は崩壊した。いつもの喧嘩じゃない、本当の喧嘩をその時初めてした気がした。それから河川とは会っていない。
「そんなこたねぇと思うけどな。まあおまえらはタイミングが大事だからな!気の向いたときに勝手に仲直りしてるんだろう、なあ?」
いつもの調子でからかうような顔をした鍵垣が言う。3か月ぶりにその顔を見て、私はふと懐かしさを覚えてしまった。
「うんじゃ、俺は帰るぞ。今日は家に帰ってスペースベースボールを見るんだ。今から楽しみでワクワクしちまうなぁ!はっはっは!じゃあな!」
「バイバイ、楽しんで。」
大仰に笑う鍵垣に別れを告げる。と、私は違和感に気がついた。
「仁実…?」
そう。仁実の口数が異様に少ないのだ。普段からテンションの高い仁実にこういうことは珍しい。思えば、ハナレ病が発症してすぐの時も、仁実が無口になったことがあった気がする。あの時はたしか…
「…!!」
突然頭痛に襲われた。声も出せないほどの痛みだ。いや、声も出せない、では無い。
声が、出せない。
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