第570話

 フェリダエ族は、考えれば考えるほどサッカードウを愛し、サッカードウに愛された種族だ。

 彼女らは擬人化し二本足で歩く猫の様な姿であり、人間と猫の双方の長所を引き継いでいる。

 猫の様な柔軟性と俊敏性に優れた視覚聴覚平衡感覚。サイズも普通の人間よりやや大きい程度で大き過ぎず小さ過ぎず。それでいて人間と同じ程度の頭脳や社会性を持ち、集団行動も出来る。大凡、サッカードウに対しての弱点というモノが無い。

 ついでに言えば、見た目もかなり――人間の基準で言っても――美しい。ヒョコヒョコ動く耳と滑らかな尻尾を持ち、犬歯も大きめだが顔立ちはかなり人間に近い。ケモ度で表せば1度。と言うかゼロ度ではない程度、といった感じ。その筋の人々にとっては不満だろうが、見た目で引いてしまう事がないので俺にとっては有り難い。

 そんな種族とどうやって闘えばよいのか? 俺の答えはシンプルなものだった。


「やはり引いて守ってカウンター……ですか」

 試合翌日。オフで殆ど選手のいないクラブハウスの監督室で、俺にそう告げられたナリンさんは分かってはいたが、という顔で頷いた。

「ええ。いずれは攻守にアグレッシブなサッカードウで真っ向から闘いたいですが。今ではないです」

 俺は椅子から立ち上がり廊下を覗いて誰もいないのを確認し、窓の変色装置を操作して念の為に透明にしておく。

「今回は良くて引き分け、得点差の少ない敗戦でも悪くない、くらいの心構えで行く事になりますね」

 そして椅子へ戻り、座りつつナリンさんとの距離を詰めた。この状態で今更ではあるが、内緒話であることを強調する為だ。

「以前も仰っていた通り……捨て試合にすると?」

「ええ」

 俺はあまり深刻にならないよう軽く頷く。捨て試合、つまり本気で勝ちに行くのではなく、派手に負けないだけ事を目標に闘うのだ。

「ここまでの試合の全ての時間で出来ていた、とは言えませんがアローズのラインDFやゾーンプレスはなかなかのモノです。ナリンさんやジノリコーチの手腕、そしてもちろん選手の努力には頭が下がる想いですよ」

「いえ、そんな! ショーキチ殿あっての今の戦績です!」

 ナリンさんは首を振って謙遜し、寧ろ俺の事を褒める。その気持ちは嬉しいが俺は残酷な事を告げなければならない。

 俺は水差しからコップに水を注ぎ飲み干して、言った。

「でも残念ながらフェリダエチームには通じない」

 そう言う俺の脳裏に浮かんだのはカップ戦準決勝のフェリダエvsドワーフの試合、そしてここまで暇な時にチェックしていたダイジェストの映像だ。

「正直、今のアローズのレベルのでしたら、フェリダエ達はテクニックでプレスを簡単にかわし、そのスピードでもってライン裏のスペースを蹂躙する事になるでしょう」

 フェリダエチームは組織されたドワーフのDFラインを粉砕し、ゴブリンとの乱打戦も制した。とても適う相手ではない。

「そうかも……しれません。しかし、今のアローズの立ち位置を図る意味で、全力でぶつかるという選択もありませんか?」

 ナリンさんは悔しそうに、訴えるようにそう言った。

「あります。ですがリスクは大きい。得失点差で大きな損失を被ったり、敗戦にショックを受けたり、自分たちのスタイルに疑問を覚えたりするかもしれない。俺はそのリスクを許容できません」

 予想通りナリンさんには抵抗があるようだったので、俺は用意していた台詞を話す。エルフ、特にデイエルフのみなさんは気高いというか、日本の『侍魂』に近いモノを持っている。

 どんな相手にも常に全力で当たる。無様に引き分けを狙うよりも潔く闘って散りたい。その心意気は素晴らしいと思うが、俺には俺で役割があるのだ。

「ダメージコントロール、と言うのですが。俺は次の負けを何試合も引きずるような負けにしたくないんです。リーグ戦の中の一つだけの敗戦、或いはその敗戦が次の勝利へ繋がるような結果、それにしたいんです」

「次の勝利……ですか?」

「ええ。前期残りのドワーフ戦とミノタウロス戦です」

 そう言いながら、壁の予定表を指さす。

「フェリダエ戦で守ってカウンターをするのには利点が3つあります。一つ目は既に言った通り、大敗はしない。二つ目には、ゾーンプレスを封印する事で、次のドワーフとミノタウロスに情報を与えない」

 フェリダエ戦後はホームでドワーフと対戦だ。ポビッチ監督はプレシーズンマッチでの雪辱を果たそうと必勝の構えでやってくる事だろう。

 そして次はミノタウロス戦。ザック監督とラビンさんが抜けチーム力の低下は著しいがそれでも強豪ではあるし、俺が率いるラインDFとプレスを最初に味わったチームでもある。他の種族より経験値は豊富だ。

 その2チーム相手に手を少しでも隠せるのは大きな意味がある。

「そして3つ目。アローズの伝家の宝刀、ロングカウンターがさび付いていないかを確かめたいんです」

 ここで俺は少し、ナリンさんのプライドを擽るような事を言った。

「伝家の宝刀とは大げさな!」

「いえいえ! そりゃ近年はフィジカルの強いチームに押され気味ではありましたが、映像で観たエルフのカウンターは素晴らしいものでした。矢の様な飛び出しに、シミターの様な切れ味!」

 俺は手振りで失踪する選手とセンタリングを表現する。

「フェリダエチームを慌てさせる事になるかもしれませんよ?」

 そう笑いかけて、ナリンさんの顔を見る。少し考えた彼女は、遂に納得した様だった。

「確かに、それでしたら自分もチームも理解できる所だと思います」

 その言葉に俺も頷き、笑みがバレないように水をコップへ注ぎ直して口に含む。よし、ナリンさんを説得できたなら後は簡単だぞ!

「ところでショーキチ殿、そうなると……」

 しかしそこでナリンさんは俺にとんでもない命題を投げかけた。

「(はい?)」

「そうなると、ショーキチ殿もセンシャへの対応をしないといけませんね!」

「ぶはっ!」

 思わぬ奇襲に、俺は口に含んでいた水を大きく吹き出してしまった……。

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