第557話
エルエルの話は残念ながら聞けなかった。彼女が口を開く直前に、選手達が帰って来たからである。
「あー悔しいです!」
ヨンさんがそう叫びながらドアを蹴り開ける。続いて入ってくるエルフ達はみな一様に、苛立ったり不満げだったりする。その理由は明白だ。
俺が移動している間にノートリアスのFKで試合が再開し、モーネさんが見事なシュートを直接ゴールへ叩き込んだのである。その辺りの事情は更衣室のモニターで観れていた。
「ごめんエルエル、話は後で。とりあえず」
「はい! みなさん、申し訳ございません!!」
俺が出て行こうと立ち上がると、エルエルもそれに倣ってベンチから腰を上げて絶叫した。
「大丈夫なのだ!」
「かまへんで。ウチが勝たせるから」
アイラさんレイさんがすぐに反応し、他の選手たちも追従する。美しい光景だなー、と思いつつもこの後の風景を見る訳にはいかないので俺はうんうんと頷きながらロッカーの外へ一旦、出る。
「ちょいちょいショーちゃん!」
否、出ようとした。
「どうしました?」
キャプテンのお声だ。俺は足を止めて彼女の方を向く。
「私たちの生着替え、観ていかないのー?」
「みるか!」
シャマーさんの呼びかけに追従者が出る前に、俺は即答し更衣室を去る。その反応が迅速だったからか、クスクス笑いは聞こえたがそれ以外の余計な声はかからなかった。あぶねえ……。
「お疲れさま、だな」
ドアを閉め壁にもたれると、例によって外で待つ組のザックコーチが労ってくれた。
「いえいえ。お先に失礼したのに特に成果なくてすみません」
俺は本来の計画――先に中に入ってロッカー内の作戦ボードに注意点を書き込んでおく――と、それがエルエルへの対応で何も実現できてない事を説明した。
「まあ、仕方ないさ。監督のそういう誠実な態度があってこそ、今のチームが成り立っているのだからな」
ザックコーチはそう言って俺の肩を叩く。
「そんな、辞めて下さいよー」
俺はナリンさんの時と同じく、口では辞めてくれと言いながら手で
「もっと! もっとくれ!」
と合図を送った。
「あと常々感心しているのは、監督の偏見の無さなんだが……」
「ショーキチ!」
エルフと違い、ミノタウロスが意図を察して別の褒めポイントを語り出した所で、予想外の人物が声をかけてきた。
「あれ? ルーナさん?」
そこにいたのは本来ならば砂かぶり席でサポーターと一緒に観戦している筈のSBだった。
「何故ここに? 何かありましたか?」
俺は不安になって問う。偏見……と言えば彼女はハーフエルフかつ口下手で、簡単に言えば人付き合いやエルフ付き合いが苦手だった。それの克服を期待してファンサービスへ向かって貰ったのだが、もしかしたら何か嫌な事を言われたのかもしれない。
「ちょっと。エルエルとモーネの件で伝えたい事があるんだ」
ルーナさんはそう言って、彼女が目の前で目撃した事を語り出した……。
「つまり、エルエルは遅延行為でボールを外へ出したんじゃなくて、モーネさんに渡そうとして蹴った。だけどモーネさんはさっと動いてそうは見えなくした。その後も集中攻撃した、って事ですね?」
ルーナさんの話を聞いた俺は、その証言をまとめて確認した。
「うん、そういうこと」
「許せん! エルエルの親切心を逆手に取りおって!」
ハーフエルフの返答を聞いてミノタウロスは闘牛士に煽られた猛牛の様に怒る。
「ザックコーチ、どうどう! 落ち着いて下さい。これが仮に真実だとしても、いや俺はルーナさんを信じているので真実だと確信していますが、この件はいまさらどうしようもありません」
俺はルーナさんとザックコーチの顔を交互に見ながら言う。
「それもそっか……。なんか私、余計な気を回しちゃったね」
「いえ、そんな事はないですよ! モーネさんがそこまでやる女性だ、って事が分かりましたし。それでこちらの対応も変わってきます」
落ち込むルーナさんに俺は半分、嘘を吐く。実は今の話を聞いて目の前の試合に対して出来る事は殆どない。試合後、エルエルに対して情状酌量の酌の部分、つまり注ぐ情けの量が増えるだけだ。むしろ彼女の話を聞いていた分、俺とザックコーチが相談する時間が失われた訳で損失の方が多いかもしれない。
だがもちろん、そんな事を正直に告げてルーナさんに罪悪感を与えても何の意味も無い。だから俺は堂々と嘘を吐いた。
「ごめんね、ショーキチ。罪滅ぼしになるか分からないけど後半もモーネのFKがあったら、わたし全力で壁の作り方を叫ぶよ」
ルーナさんは俺の目を静かに見た後、ボソボソとそう言った。む? 嘘がバレているような気がする。何せ彼女は半分日本人だ。俺の表情や言葉の裏を読む事については、他のエルフやミノタウロスよりずっと長けている。
「ありがとうございます。でも砂かぶり席から声、届くかな? ルーナさんメカクレクール系女子だしそんな声、出ないでしょ?」
嘘が見破られている事を察した上で、俺は茶化して返す。互いの腹を見透かした上で知らないフリをして会話を続ける、ザ・日本人な会話だ。
「メカクレクール? 何だ、それは?」
「出るよ! あのヒドい壁を見た時は、本当に叫びそうだったし!」
しかし和牛ではないザックコーチは素朴な疑問を発し、ルーナさんは抗議を口にした。
「前髪で目が隠れていて静かに話すタイプの事です。時代を越えてオタクに愛される属性なんですよ。で、そんなにヒドい壁だった?」
前半はザックコーチへ、後半はルーナさんに向けて俺は言った。技巧派のモーネさんと豪快派のルーナさんで流派が違うが、彼女もFKのスペシャリストだ。壁については一家言あるのだろう。
「うん、ヒドかった。思わず目を覆ったよ! まあ普段から髪で隠れてはいるけど」
そんな俺に、ルーナさんは少し笑いながら言った。
「おっと、上手く拾いますね! ほんと、ルーナさんに助けて貰えれば助かりますけどね……」
そう言いながら、少し俺に閃くものがあった。冷静に考えれば、助けてくれるのは彼女ではなくても……。
「ショーキチ殿! どうぞ!」
考え込む俺にナリンさんの声が届く。
「おう、もうそんな時間か。行けるか? 監督?」
「ええ。ありがとう、ルーナさん。後半もファンサ頑張って!」
ザックコーチがこちらを促し俺はルーナさんに再度、礼を言って背を向ける。
「うん。はぁ~憂鬱……」
視界の隅で砂かぶり席での重責を思ってため息をつくハーフエルフの姿が見えた。ごめんねルーナさん。でも君の助言はきっと役に立つよ。
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