第547話

 色々あったが試合はごく普通に開始され、慎重な立ち上がりとなった。俺たちの聖なる木――14321の並びのことだ。上から見るとクリスマスの樅の木のように見える例のアレだよ!――は後方に選手が多いカウンター型のシステムで、ノートリアスも同じくカウンター狙いの1442。どちらも積極的に攻めるタイプではない。

 格闘ゲームでいう『待ち』タイプ同士の対戦のように、互いの様子を見守る形で最初の時が流れた。これ幸いと、俺はいつもの指示を飛ばす。

「全員に回してー!」

『一人づつタッチするように!』

 俺の言葉をナリンさんが翻訳して叫ぶ。それを聞いたこちら側のSBアイラさんがGKのユイノさんへバックパスをし、そこから順番に全ポジションの選手へパスを繋いでいく。すっかりお馴染みになった風景だ。

 だがこれを疎かにする訳にはいかない。サッカードウにおいてエルフ代表チームの利点の一つはボールを「止める、蹴る」だ。ミノタウロスの様な抜群の突破力もドワーフの様な鋼の粘り腰も、フェリダエやトロールの様な魔法のタッチもエルフは持ち合わせていない。その代わりエルフは地球の人間とほぼ同じ様な足の構造をし――他の部分が人間と違うことが例の解剖のレポートで分かったがそれはまた後日――柔らかい球体を足で器用に捌くことが出来る。

 だからこそボールを扱う基本の「止める、蹴る」を大事にしなければならないし、それを毎試合、早い段階で全員が足の感触を確認しておく必要があるのだ。

「いけそうですか?」

『アカリさん、どうです?』

『いけっすね!』

「やれそうです」

 俺、ナリンさん、アカリさん、ナリンさん、俺……と会話が流れ、作戦にゴーが出た。ザックコーチが合図を受けて作戦ボードに大きく『7』と書き、それを掲げる。

 そこからは、目まぐるしく状況が動いた。


『ポリン!』

 レイさんが自陣方面へ移動し親友の名を呼びながらパスを要求する。アローズ恒例、キックオフ後の全員パス回しは順調に進み、残すは頂点の三角形、1TOPのタッキさんと2OMFのレイさんリーシャさんだけとなっていた。

『はーい!』

 ナイトエルフのファンタジスタを視界に納めたポリンさんは返事をしながら右足を振る。その振り足のスピードは、近づいてくるレイさんへ向けてのパスにしてはやや早過ぎた。しかしそれに気づいた者は殆どいないだろう。俺だって知らなければどうだったか。

 兎も角、近づきつつあるレイさんへのパスに見えたボールは大きく伸びて曲がりクラスメイトを離れ、宙を飛んでポリンさんの練習相手へ向かっていく。

 いや、本来ならばポリンさんこそ彼女の練習相手だった。そのパスの落下予想地点へめがけて全力疾走するリーシャさんの。


「よし、初見殺しきた!」

 リーシャさんの走り出しに誰もついていないのを見て、俺は会心の叫びを上げた。近距離の選手への足下のパス……とみせかけて遠くへ蹴るのはポリンさんの得意技で、こまめに練習見学にきているサポーターですら知っている事だ。

 だがノートリアスの選手はそれを知らなかったか、その身構えができていなかった。何名かのDFが慌ててリーシャさんを追いかけるが、完全に出遅れていた。

『頭を上げて……そうじゃ!』

 ボールに追いつきワントラップで収めた快足FWに向けてジノリコーチが何か叫ぶ。もちろん声が届く訳はないので、思わず気持ちが出ただけだろう。場所は左コーナー付近だ。リーシャさんは中を見て左足でセンタリングを上げようとしたが軌道を変え、つま先でボールを突いて右足かかとの後ろを通した。

「おお、クライフターン!」

 シンプルなフェイントだが効果は絶大だった。スライディングしながら足を上げ、何とかクロスだけでも防ごうとしたガンス族のDFが滑りながら通り過ぎて行く。余談だがマルセイユ・ルーレットの事をクライフターンだと思っている層は割といる。あの偉大な選手、クライフの名を冠した技がこんな地味な動きだとは想像し難いのだろう。

 とは言えシンプルだから有効でないという訳ではない。リーシャさんを追走してきたDFは完全に騙され、センタリングを防ぐ事に全てを注いだ為に簡単にかわされた。

 そして余裕をもって中を見た背番号11には無限の選択肢があった。


『リーちゃん、ここ!』

 一番、目立つ動きをしていたのはレイさんだ。ボールが自分の頭上を越えるのを見た時から反転して動き直していたナイトエルフはペナルティエリアへ入った所でフリーだった。両手を下で広げてパスを要求する。

 そう言えばあの2名はすっかり仲良くなって、レイさんがリーシャさんに『ねえさん』と呼ばせている仲だったな? と俺は場違いな事を考えていた。

 だが違うのはそれだけではなかった。パスの行く先もだった。

『蹴らナイ! 肘うちもダメ!』

 タッキさんだ。彼女は何か叫びながら――裂帛の気合いか、自分への戒めかどちらかだろう――リーシャさんの放った右足のクロスへ飛び込んでいく。

「あ、これ難し……!」

 俺は思わず悩ましい声を出す。絶妙のコースに飛んだセンタリングには、GKもDFも触れる事ができなかった。だがボールの高度は腰のちょっと上くらいで、キックにもヘディングにも難しい高さだ。

 大チャンスが虚しく費える事を予想して、アローズサポーター達の口から無念の呻きが、ほぼもう漏れ出す。しかし、タッキさんはそれを歓喜の声に変えた。

『真・空・飛び・膝・ケリー!』

 なんとタッキさんは少し飛び上がりながら足を折り、膝先でボールをヒットしてゴールの中へ押し込んだ!

前半9分、アローズ先制で1-0!

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