第513話
土管で作られたステージの上には役者、というか演奏者が揃い両脇ではノゾノゾさんとステフが残った観衆を煽りながら司会進行をしていた。
「試合も終わったのに帰らないでいてくれて、ありがとうね!」
「ここまで来たからにはバード天国の結末まで観ていってくれよな!」
彼女らの言葉通り、観客席の空席は半分程度。サッカードウの試合は終わったのにこの残留率は画期的だ。地球のスタジアムでもこんな感じだったら帰宅時の混雑はずいぶんとマシなのにな。
あ、余談だがジェフユナイテッド千葉などが使用する福田電子アリーナから最寄り駅までの道中には「チ○コクラッシャー」と呼ばれるポールが立っており、ナイトゲームの帰り道で人に押されながらぼーっと歩いていると股間を強打してしまうので有名だった。
って何の話だっけ? あ、試合終了後の混雑か。まあそうい危険もあるので人混みは避けれたらいいよね! と。
「結果発表前にちょっと聞いてみようか? テル君、今のお気持ちは?」
「え? あ、はい! ドキドキしています……」
そんな事を考えている間にノゾノゾさんがテル君に話を振る。しかしレイさんより一つ上の上級生は、痛む急所を庇うような格好でモジモジと応えるだけだった。
何にドキドキしているんだよ! さてはお前もジャイアントお姉さんの迫力ボディを間近で見てやられておるな?
「じゃあ決勝で見事な踊り喰いを見せたフェリダエーズの皆さんはどうだ? 美味しかったか?」
一方、逆サイドではステフが猫人族のチームにインタビューを行う。ってそれはパフォーマンス後のアーティストにする質問じゃないだろ!
「美味しかったよ!」
フェリダエーズのリーダーらしき女性が笑顔でそう言い、口の端の黒いかけらを舌で拭う。ってお前も応えるんかい! あとそこに何がついてたかは考えないからな!
「お? 準備が整ったようだよ?」
「よーし、じゃあ最終審査だ!」
ノゾノゾさんが何かに気づきステフに告げる。どうやらスタッフから集計準備完了の合図を受け取ったようだ。ちなみに勝敗は拍手の量で決するのだが、それを聞き取るのはスタジアム演出部の皆さんだ。大半がエルフなのでその耳の精度には絶対の信頼が置ける。
「まずは……フェリダエーズの勝利だと思うヤツ!」
ステフの呼びかけに応える拍手は……まばらだった。おぞましい食事シーンを見せられたから、だけではないだろう。そもそもミュージカルって難しいから!
「台詞の最中に急に歌い出すのが変」
とか今更な事は言わない。ただ純粋に音痴がやるの鑑賞してるとなかなかに辛いというのがあるのだ。
いやそれで決勝まで来てしまうのって凄いけど! 主に他の出場者たちが!
「うんうん、こんなものかな? じゃあテル&ビッドの勝利と思う子!」
ノゾノゾさんは小さく手を叩いてフェリダエーズのターンを終わらせ、飛び上がって今度はテル君とビッド君コンビへの拍手を促す。
「「うおおおぉー!」」
直後にわき起こった拍手は猫人族へ贈られたのとは比べものにならないほどの大音量だった。客入り半分でこれは凄いですよ!
「すっげえ揺れたな……」
レバー君もしみじみと呟く。これは集計員がエルフではなくても一目瞭然、いや一耳瞭然だろう。エルフとドワーフコンビの圧勝だ。
「ゆ……優勝だ!」
唐突にレバー君の相方、キドニー君が叫んだ。
「そうだ! おめでとう!」
「学院の誇りだよー!」
それを切っ掛けに生徒さんたちとアリスさんが一斉に声を上げた。手を振り飛び跳ね、何名かは目に涙を浮かべてすらいる。フィールドは違うがサッカードウに音楽にと活躍する学友の姿を見て、感じるところ多々といった所か。
これは教育的に非常に良い取り組みになったな!
「おめでとうテル&ビッド! 優勝したお前等には賞金と、メジャーデビュー契約が与えられるぞ!」
ステフがそう言いながら、ステージ横に待機していた役員さん――例のドワーフのエエアックスとハーピィのLDHという音楽レーベルから来てる重役さんだ――を促して目録及び仮契約書の授与を進める。
「ありがとうございます!」
「絶対ビッグになってやるぞ!」
テル君はハーピィのお姉さんから、ビル君は自分と同族のドワーフの男性からそれぞれ受け取り、そのプレゼンターと固く抱き合った。役員さんとなるとこういう無礼講な雰囲気には慣れないだろうが、こういう目出度い場なので苦笑いしながらも優しく抱き返してくれている。
「ふふふ、おめでとう! 今の気持ちは? 感謝を伝えたい相手とかいるかな?」
その光景を優しく眺めながら、絶妙のタイミングでノゾノゾさんが割って入り声をかけた。その目が誘導するようにチラチラとこちらを見上げている。
「ほほう、ノゾノゾさん出来る女やな」
俺は目が合った時にそっとウインクを女巨人へ送る。ここで彼らから学院あるいはレイさんポリンさんへ向けた台詞を引き出せば、スカラーシップやアローズの良い宣伝になる。伝聞だがアメリカのスポーツでは試合後のインタビューで企業名を口にすれば、ボーナスを弾むスポンサーもあるらしい。いや俺たちは払わないけど。
「「はい、一人います!」」
俺がそんな風にソロバンを弾いたり弾かなかったりしている間に、テル君とビッド君は目録を置いて楽器を構え直した。一人? ということはまたレイさんへ愛を囁く歌でも歌うのかな? ここでそこまでされたら、あのおませなナイトエルフでも心が動くのでは? いや中継見てるかしらんけど。
「それは……お姉さん、あなたです!」
「俺の心を射抜いたそのビッグらーぶ~」
しかし、俺の計算は大きく外れた。テル&ビッドはステージ上で急に方向を変え、脇からインタビューしているノゾノゾさんへ向けて歌い出したのだ。
「え? 僕!?」
「優勝よりも、デビューよりも、君に会えた事が幸せ~」
驚くノゾノゾさんへテル君の愛の籠もった、しかし音程はやはり狂ったままの歌が捧げられる。それを包むのは……
「ふざけんなー!」
「離れろー!」
「お前等だけずるいぞー!」
という観衆の、主に男性陣ブーイングだった。
「あはは。帰ったらお仕置きですねー」
アリスさんが座った目で笑いながらシャドーボクシングをする。周囲の生徒さんたちも男子は罵倒、女性は軽蔑の目といった感じだ。
「そっか、ノゾノゾさんそんな人気か……」
お祝いムードから一転、帰れ帰れコールがわき起こった観客席を見渡しながら俺は言う。もしかしたら優勝決定の時の拍手もテル&ビッドではなく、ジャンプしたノゾノゾさん――及びその時に弾んだ胸――向けだったのかな?
「てか帰りましょうか?」
「そっすね……」
「私もどうでも良くなっちゃった……」
俺は呆れながらも生徒さんをまとめるアリスさんに続いて観客席を後にし、やる気を失ったトナー監督とも別れた……。
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