第29章:バードの勝者たち

第510話

 俺はここまでの短い人生でたくさんの優しい言葉を受け取った。だがその時、思い出したのは死んだ人からの悲しい言葉ばかりだっだ。


 例えば……


 俺はあの時の大きさで暗い部屋にいた。顔も思い出せない親戚が、張りつめた声で言う。

「将吉。二人に最後のお別れを言いなさい」

「ふたりじゃないです。さんにんです」

 その声に誰かの嗚咽が重なる。ふと、台の上の父親が身を起こして口を開いた。

「将吉、大人をそんな風に困らせるんじゃない」


 他にも……


 彼女は俺の鼻の頭についた雪を指先で弾いて言った。

「きっちょんはウチのこと触れたら溶けてしまう粉雪やとでも思てるんとちゃう?」

「そんなタマちゃうやろ」

 俺はそう言って否定したが、触れるのが怖いのは事実だった。

「まあそれは冗談やけどさ。きっちょん彼女にすら心を開いてくれへんところあるやん? それって誰も信じてへんってことやで」


 他にも……他にも……




『ピッ!』

 審判団とエオンさんを除く21名の選手がセンターに整列し笛の合図で観客に頭を下げた。試合結果も内容も本意のものではなかったろうが、それでもハーピィ代表チームは綺麗なお辞儀をしアローズの面々ともにこやかに握手、もとい握羽をする。やはり彼女らは芸事に携わるプロや。

「お、レイちゃんもポリンちゃんも出てきましたよ!」

 あんな風にWillU全員の羽を握るには魔法円盤を何枚買えば良いんだろう? とバカな事を考えている俺にアリスさんが教えてくれた。

「ええ。試合後は交代した選手も含めて全員で挨拶の周回をするんです」 

 最後までピッチに立っていた選手にレイさんやスタッフ達が合流し、まずゴール裏へ向かうのを見ながら俺は続ける。

「前まで来たら労ってあげて下さいね!」

 そう言いつつ、目を凝らして彼女達の様子を伺う。自他問わずゲーム後の様子というのも非常に重要な情報で、試合結果に対してどのようなリアクションをとるかで選手のパーソナリティというのが分かる。悔しさを滲ませる、切り替えて談笑する、試合中の反省点について誰かと相談する……。

 カペラ選手はやはり相当落ち込んでいるようで後を引きそうだが、ドミニク選手がさっと近寄って片方の羽根で彼女を覆って何かを囁いていた。きっとメンタル面のフォローをしているのだろう。人の心が無い事を言えばこのまま褐色のルーキーが落ち込んだままでいてくれれば有り難い所だが、そうは問屋が卸さないらしい。ドミニク選手はやはりWillUの中心にして最大のスターだ。

「ウチの子たち、ハーピィの子にも声援を送りたいって言ってましたけど、彼女たちも来てくれますか?」

 監督としては悔しいがアイドルファンとしてはホッとしている俺に、アリスさんが問いかける。生徒さんたちにさっきのお願いを伝えて回ってくれていたらしい。

「そうですね、確かハーピィ代表チームは来る筈です」

 俺は記憶を掘り起こしながら言う。基本的に試合後の挨拶は自チームのゴール裏からメインスタンド及びバックスタンドの真ん中くらいまでを回るものだ。だがもちろんチームによって差はあり、トロールやミノタウロスはゴール裏だけだしインセクターはそもそもそういう行為をしない。 

 一方、アローズは全ての観客に礼をするよう指導している。もっとも相手サポーターが陣取るエリアだけは問題が起きても困るので距離をおいて礼をするだけだが。

 そして肝心のハーピィ代表チームは……全部行く。と言うか、来た。

「「ドミニクさーん!」」

「「明日、楽しみー!」」

 彼女らへ向けてメインスタンドの観客からそんな声が飛び、ハーピィ達は気丈に笑顔で手を振る。おや? 言葉が分かるぞ? もう魔法無効化フィールドが切れたか。まあこの後もバード天国の結果発表があるからな。

「(そ・こ・に・い・た・ん・だ! さ・が・し・た・よ!)」

 不意に、そんな言葉が耳へ飛び込んできた。

「アリスさん、何か言いましたか?」

「ほい? 独り言で『あのお姉さんおっきいなあ』って」

 俺の問いに応えるアリスさんが指をさした方向にはノゾノゾさんがいた。ジャイアントのお姉さんは、音痴大会の優勝者を発表するステージとして例の土管を胸に抱え込んで運んでいる。

 異世界で生きていも地球のマッチョイズムの残滓が心の中で

「女の子に重いモノを持たせるなんて!」

と叫ぶ瞬間も無くはないが、重機より大きく力強い巨人族にその気遣いは不要だろう。

 と言うか土管を胸に挟んでエッチな感じになっているの図、産まれて初めて見たな!

「まあ、そうですね。でもそんな感じじゃなかったんだよなあ」

 俺はアリスさんに適当に返事して首を捻る。聞こえたのはそんな言葉ではなかった筈だ。

「ああー? 『おっきい』ってそっちと違いますよー! 私だってP4Pなら負けませんから!」

 アリスさんは俺の返事を聞いて不服そうに自分の胸を持ち上げる。P4Pとはおっぱいが4つという意味ではない。パウンド・フォー・パウンド、体重を均等にしてみたら誰が最強か? という議論で使われる言葉だ。階級制の厳しい格闘技界隈では例えばヘビー級の王者とフェザー級の王者が実際に試合をする事はほぼ無く勝敗を決められないので、妄想の中で体重を同じくらいにして戦わせてみる、といったシミュレーションをするのだ。

 今アリスさんが言ったのは、身長の方で同じくらいなら自分もノゾノゾさんと同じくらい胸が大きい、という主張だ。確かに本来のサイズならジャイアントの胸だけでエルフの上半身くらいあるが、仕事の話をする時みたいに縮小魔法のかかったブレスレットをつけて縮まれば似たようなものだろう。

 むしろ、人間サイズになっても長身なノゾノゾさんより小柄細身でこのスタイルなアリスさんの方がインパクトはあるかもしれない。格闘技好きで彼氏といろいろやってるのかな?

「わたしの呼びかけを無視して女の子とイチャイチャしているなんて余裕じゃない? それともその余裕が勝利の秘訣?」

 と、アリスさんと彼氏さんのぶつかり稽古を想像している俺に力強い風圧と声が吹き付けてきた。

「ああ!」

 俺はそちらを見て、ようやく声の主に気づく事となった。

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