第509話
「自分が出場するのは便秘か下痢の時です」
これは当時、長らく代表チームの控えFWに甘んじていた中山雅史選手の名言だ。その言葉の意味する所とはすなわち、
「チームがなかなか得点を取れないか、大量得点したのでスタメンを休ませる時」
という事だ。得点をうんちに例えた訳だね! しかしチームが下痢って言うとゴルルグ戦を思い出してしまうな!
……いきなりエルフやアイドルと遠い所から話を初めてしまったが、実はエオンさんもそういうタイプの選手だ。つまり試合が膠着しているか決着してしまったかの時に出場する事が多い。
ただ彼女は中山隊長とはタイプが違う。ではどんな選手かと言うと、攻め手が無い時なら奇抜な発想や派手なプレイで相手の守備を崩し、相手DFがやや諦めムードでそれほど激しく当たって来ず余裕がある時にテクニックを発揮できる選手、と言った感じ。
そして今は……かなり分かり易い下痢の時間だった。
「凄いすごい! あんな選手を秘密兵器として温存してたなんて! あのぶりっこって天才なんですか? それとエルフ代表チームって実は強豪!?」
アリスさんが興奮しながら問う。うん、推しのチームが勝ってる時って割とそんな気分になるよね。実際はそうでもないのに。
「どちらも違います。今の姿は確変が入ったものと思っていて下さい」
確変とは確率変動の略で、元はおそらくパチンコ用語だ。大当たりの確率が変動するので確変。変動と言うからには良くも悪くもなる筈だが、基本的には大当たりの確率が上がる時に言う事が多い。転じて、選手やチーム調子が極めて良くなり、いつも以上の能力を発揮している時の事をスラングで確変と言うことが昔、流行ったのだ。
……という事を説明せなばならないな、と身構えたのだがアリスさんはエオンさんのプレーを見るのに必死だった。
「得点差をつけて勝っている時のチームは余裕綽々で試合を動かせるので、まるで常勝チームの様に振る舞えるんです。あとエオンさんもプレッシャーの無い状況だとその能力とセンスを十二分に発揮できるタイプでして」
確変という言葉の説明を求められなかったので、俺はサッカードウについてだけ補足を加えた。もともとエルフ代表は快速WGにサイドを突破させてクロスを入れるか、自陣深くに選手を集めて守って同じく快速WGをカウンターで走らせる、といったプレイが得意だ。そのどちらの場合にも必要なモノはスペース、空いている空間だ。
大量得点でリードしている時はチーム全体を引き気味にし、無難なプレーを心がけていれば良い。攻めないといけない相手チームは逆にチーム全体を押し上げるし、一か八かのギャンブルめいたプレイを選択しがちだ。結果、相手はしばしば簡単にボールを失いDFの裏にスペースを作る。
エルフがしなければいけないのは、その奪ったボールを前に蹴飛ばしFWやWGを走らせるだけだった。
「わ、すごい! 今のどうやったんですか!?」
そんな話をしている間にもエオンさんが単独で走り、最後尾のDFをエラシコで抜いてセンタリングをダリオさんへ送った。
「ああ、エラシコですよ。元は輪ゴム……」
惜しくもDFがクリアし外へ流れていったボールを見ながら俺は口を開き、輪ゴム、ポルトガル語……とまた説明が説明を産む状況に口を閉じた。
「なごむ? こんな状況で!? ショーキチ先生、大物ですね」
「いや、えっと……エオンさんは今、右足の外側でボールを押し出してそっちへ行くと見せかけて、すぐにつま先で左へボールを弾いたんですよ」
アリスさんの誤解を解くと懸念の迷路へ迷い込むので、俺は解説を優先して軽く動いても見せた。
「ほえー! そんな動きが!」
感心した声を発し、早速アリスさんが真似をする。もちろん全然できておらず図らずもエオンさんの凄さが再認識された。
繰り返すが実際、普段のエオンさんはリーシャさんとレイさんを足して2で割った様なプレイヤーで、あの強気なデイエルフの様なスピードと奔放なナイトエルフの様なテクニックを合わせ持つ。そして今の状況では足して2で割らない、とまでは言わないが1.5で割ったくらいの力を発揮するのだ。
まあ、逆にプレッシャーのかかる所では4で割ったり8で割ったようになったり、プレッシャーが無さ過ぎると気の抜けたプレーをしたりと課題の多い選手でもあるのだが。
「おおー! 浮いたういた!」
次にスローインを受けたエオンさんは踵でボールを蹴り上げ、自分と対面するDFの頭上を越えさせながら脇を通り過ぎようとした。ハーピィ顔負けのプレイだがそれは……。
「おおい、危ないって!」
その次のシーンに観客の多くが悲鳴を上げ、俺も声を荒くした。エオンさんにヒールリフトで追い抜かれたハーピィが、後ろから彼女へ掴みかかったのだ。その足についた鋭い鉤爪で!
「ピピー!」
エオンさんがバランスを崩して倒れ、審判さんが笛を吹き選手たちが一斉に現場へ駆け寄った。
「あわわ……彼女、大丈夫ですか!?」
「いや、見えないからなんとも……」
青ざめるアリスさんに俺もはっきりとしない返事を返す。これがエオンさんのまた別の課題であり、俺が前半でリーシャさんとレイさんを下げた理由でもある。
「あ! ミノタウロスさんたちが入りましたね……」
アリスさんがザックコーチとスタッフを見つけて呟く。そう、エオンさんは時に舐めプが過ぎて、怒り狂った相手DFから報復の危険なタックルを喰らったりするのだ。彼女の場合なまじ見た目が良く異性に媚びた所があるので、より反感を買うというのがあるかもしれない。
「くそ、こんな事で怪我なんて辞めてくれよ……」
俺はこういう事態が怖くてLRコンビを下げ舐めたプレイを諫めたが、エオンさんなら負傷しても良いというつもりはさらさら無かった。無かったが、結果としてはエルフ身御供の形になってしまう!
「ショーキチ先生、泣かないで……おっぱい揉む? キドニー君のだけど」
「揉みません、泣いてません」
こちらの様子を見てアリスさんが生徒さんを生贄にとんでもない事を言い、俺は丁重に彼女の申し出を断り言葉を否定した。
『大丈夫かエオン!?』
『うんっ! 痛くは無いみたい……いやーん!』
見守る中、駆けつけたザックコーチが何やら声をかけエオンさんが立ち上がろうとした。そして、スタジアム中に
「「おおーっ!」」
という歓声が響いた。
「良かった……」
スタジアム中も彼女の無事を祈り、立ち上がった事を喜んだんだな! と俺は思った。スタジアム上空に浮かぶ魔法の水晶球の映像を見るまでは。
『いやーん! みないでー!』
エオンさんが何か叫び必死に身体を隠す。上の巨大なスクリーンにはハーピィの鉤爪にユニフォームを切り裂かれ、半裸で下着と素肌が所々見えるというエオンさんの扇情的な姿が映っていたのだ!
「ああ! ショーキチ先生が『人気者になる』って言ってたのはこういう……」
「違います! それより生徒さんの目を塞いで!」
「あ、いけね!」
俺の言葉にアリスさんも慌てて生徒さんたちの方へ向かう。結局、その出来事からすぐ後に何となく気の抜けた感じで試合は終わった。
なんか間抜けでエッチなラブコメのオチみたいで悲しいな……でも大怪我がなくて良かったな……。
第28章:完
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