第483話

「あれ? ショーキチ来たんだ?」

 ザックコーチに続いて入ってきた俺に最初に気づいたのは、入り口一番近くの端のブースに座っていたルーナさんだった。

「うん、幾つか試合前に伝えたい事があったから」

「あーごめんショーちゃん! 来ると思わなかったから何も用意してないー!」

 この子、ここでもこういう席を確保するな、と思いながらルーナさんへ返事する俺に次はシャマーさんが詫びを入れてくる。

「いや別に要りませんから!」

 今日はコーチ扱いの魔術師が言っている『用意』とはつまり、ロッカールームで俺に仕掛ける悪戯や号令の事だろう。ほんと、毎回ネタが尽きないもんだな!

「レイさんは『彼氏持ちの可愛い女に鼻の下伸ばしている筈やから、絶対こうへんで!』と言っていましたわよ?」

 そう言うのは彼氏どころか旦那さんがいるガニアさんだ。ちなみにさっきからDFの選手ばかりに話しかけられているのは、要するに入り口付近にDF陣が固まっているからである。

「またそんな事を……。まあいいや、そのレイさんとボナザさんに用事があるんですけど。おーい!」

 幸い、ボナザさんはGKなので近くにいるが、レイさんはロッカーの奥の方だ。俺は手を振って彼女を呼び寄せた。

「どしたん、ショーキチにいさん? アリちゃんにセクハラして追い出されたん?」

 レイさんは俺に気づき驚きながらも、見事な体捌きをみせて込み合う更衣室のエルフ達をすり抜け近づいてくる。

「しませんよ! それよりアリちゃんって何ですか? アリス先生でしょ!?」

 確かに良いパンチを持ってたし生徒に舐められそうな先生でもあったが、アリちゃんはないだろう。俺は思わず訂正した。

「ふーん、まだアリス先生なんや? 彼氏いるからって遠慮してるん? アリちゃん、けっこう隙だらけやで?」

 だがレイさんは俺の言葉を意にも介さず更に切り込んでくる。いや隙だらけなのは俺も気づいたけど!

 ってなんでけしかけてくるのこの娘!?

「いや、今はそんな話じゃなくて! 隙と言えばハーピィの方なんですが、ボナザさんとレイさんの意見を聞かせてくれますか?」

 俺はさっきから側に来て、笑みを湛えながら俺たちのやりとりを聞いていたボナザさんに声をかける。

「忘れられていると思っていたよ。どんな話だい?」

「ううっ、すみませんでした。えっと、アップを見ていて気づいた事なんですが……」


 観客席に帰った俺は、アリス先生や生徒さんの顔を見ておおよその事を察した。

「テル君とビッド君、勝ち上がったんですね!」

「そうです! ショーキチ先生の言った通り! イェイ!」

 アリちゃ……アリス先生は俺に駆け寄り両手でのハイタッチを要求し、叩き合わせた手をそのまま掴んで席の方へ引っ張る。

「反対の山、相手はどっちが勝ち上がったんです?」

「猫です!」

 ねこです、よろしくおねがいします、と返したくなるのを我慢して彼女の隣に座る。

「なるほど、強敵ですね」

 ふふん、それでも負けませんよー! とアリスさんが意気を上げた所で上空の魔法球に新たな映像が浮かんだ。

「エオンと……」

「スワッグの……」

「「今日のメンバーと髪型紹介コーナー!」」

 画面の中はどこかのスタジオで、フリフリのアイドル服を来たエオンさんとスワッグがキャンパス台に何かのボードをかけて立っていた。

「ショーキチ先生、これは?」

「これはですね……」

「スタジアムのみんな、こーんにーちはー!」

「「こーんにーちはー!」」

 エオンさんとスワッグがそう呼びかけ耳に手と羽を当てると、アリスさんと生徒さんたちはじめ観衆が一斉にそれに応える。お前等ノリが良いな。アリスさんなんか俺に質問している途中だったのに。バード天国で客席が暖まっていたからか。

「わぁ! 今日のみんなは元気だねえ!」

「しかも初めて見る方がたくさんぴい!」

 少し間を置き頷いた後でアイドルとグリフォンは大げさに驚くが、もちろんこれはリアルタイムではない。事前収録だ。つまり彼女らのは台本がある演技だ。

「そうみたいなの。そこで! 今日は『まだアローズの選手、良く知らないなあ』というみんなの為に! エオンとスワッグちゃんが選手紹介をするよ!」

「みなさん、入場口で配ったパンフレットの3ページを開くと良いぴよ」

 その台本通りの進行で、1エルフと1羽は観客に参考資料を提示する。

「ああ、アレですか!」

「ええ」

「はい、みんな入り口で貰ったパンフレット出してー」

 それを聞いたアリスさんが立ち上がり、生徒さんたちに指示を出す。所々で先生らしさを急に出すなあ。

「基本的にそこを見て貰えば分かるんだけど女の子って日々、最高に可愛いを更新して行くからちょっと見た目が違う子もいるのね」

「なので今回は最新の髪型とプチ情報をプラスして教えるぴい!」

 エオンさんとスワッグは台本にややアドリブを入れて話を続ける。

「ちなみに当店はパネルマジックなど使っておりませんぴよ。みんな画像よりも綺麗ぴい!」

 おいアホウ鳥やめろ! それは一言も台本に無かっただろう!

「ショーキチ先生、『パネルマジック』って何ですか? 私も知らない魔法だ……」

 案の定、アリス先生がこそっと耳元に囁いて訊ねる。中級魔術の先生として聞き覚えのない魔法が出たのが不安なのだろう。

「画像と本人が違う、ってヤツですよ。俺たちはまあまあ近いですが、例えばゴール裏の一番上の席からだと選手の顔が見難いじゃないですか? そこでパンフレットの画像を頼りに選手を識別しようとしたら……髪型や髪の色が違うとか」

 いかがわしいお店がスタッフさんの顔や身体を修正した写真を載せる事ですよ、とも言えず、俺は微妙に質問を曲解して続けた。

「ああ! そこで最新の髪型とかを教えてくれるんですね!」

「はい」

 がアリスさんは割と有り難い方向に解釈して納得の声をあげる。ふう、上手く騙せたぞ。いやしかし、いま言った通りサッカードウの観戦において選手の識別に髪色は重要だ。常に最新の情報をチームから、お客様に向けて発信することが必要だろう。そう思って、今エオンさんとスワッグがやっている番組を作成、放映する事を決めたのだ。

「以上がポジションの説明。じゃあ早速GKから行くよー!」

 俺とアリスさんが話している間に、エオンさんはポジションの説明を終えていたようだ。次はいよいよ選手個々の紹介だ。

「はい、みんなちゃんとノートとって!」

 アリスさんもそれに気づき生徒さんたちに指示を出す。レポート提出の義務でもあるのかな? と思いながら、俺はスクリーンを見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る