第481話

 どのようなジャンルであれプロの集中力というのは凄いモノで、最初はフェリダエーズの演目が始まっても両チームとも気を取られずウォーミングアップを続けていた。

 だが曲が佳境に差し掛かり歌い手の裏返った声がピークを迎えると、ハーピィチームに異変が起きた。簡単なパス交換でトラップを失敗する、余所見してボールが顔に当たる、シュート練習で豪快に空振りする……。  

 特に顔にボールをぶつけてしまったシーンを見た時は、少し胸が痛んだ。アイドルは顔が命だ。いやまあサッカードウの選手もやってて何を今更ではあるが。

 一方で、これだけ乱れていると言うことは、この「酷い音楽を聴かせてハーピィを混乱させる」という作戦が成功しているという事の証でもあった。実際、彼女らの乱れっぷりは次の演奏者「マン・ウィズ・ア・サブミッション」の時も同様で、途中からはボールを使ったアップを断念しジョグや柔軟を行うだけに切り替わるくらいであった……。


「ふふ。これが音楽の力、ってヤツだ」

 未だかつてこれほど後ろ向きかつしょーもない意味でこの言葉を使った人間がいるだろうか? と自虐しつつも俺は手応えを感じていた。

「おーおう! アレはオモプラッタじゃないですか! すげー!」

 そして隣には別の方向で盛り上がるアリスさんの姿もあった。

「オモプラッタ? あ、本当だ。しかしマニアックな言葉知っていますね?」

 お淑やかな女教師、という仮面がすっかり剥がれ落ちた彼女の指さす方向では、確かに例の狼バンドが間奏中にまた関節技をかけている。

「あれ? いえ、淑女の嗜みとして護身術を少々……」

 俺の言葉を聞いてアリスさんが頬を赤らめ、佇まいを直した。いやもう遅いから! あとオモプラッタ――ブラジル人選手のCBにいそうな名前だが実際ポルトガル語ではある。自分の足を使って相手の肩を極める複雑な関節技の一つだ――を淑女の護身術で教えるかよ!

「格闘技、お好きなんですか?」

「ええ、まあ、彼氏の影響で」

 嘘だ。アリスさんの泳ぐ目で、俺は嘘だと分かった。男の子が好むような趣味を女性が好きな場合は100%彼氏の影響である、という偏見を持つ人間は確かに多い。高校の男子寮ではそれを判断基準にあのアイドルには男がいる、あの女性声優さんは大丈夫だ、等と判断する先輩もいた。

 が、そういう見方は女性の自主性や多様性を否定するモノで、個人的に俺は支持しない。女性にだって血生臭い趣味が好きな人はいるし、男にだって可愛いモノを愛する人がいるだろう。

 まあ人は人としてエルフだ。このエルフ女性、学院の教師アリスさんの本性はなかなかお転婆らしい。レイさんとも波長が合う訳だ。だが表向きにはお淑やかを装おうとしている。

 なんでだろう? 彼氏さんのご実家が古風な感じで、猫を被る必要があるあるから……みたいな理由かな? その割に彼氏の影響とか言ってたけど。

「なんかいろいろ大変なんですね」

「はあ?」

 選手のご家庭やパートナーとの問題だともう少し深入りするが、アリスさんはレイさんポリンさんの先生に過ぎないし、知り合ったばかりの成年女性でもある。俺が口出しするべきではないだろう。

「あ! 次のミノタウロスさんが出てきましたよ!」

 一人うなずく俺の腕をまたアリスさんが引っ張る。彼女の言う通り、ステージには3番目の演奏者「キング・オグロヌー」さんが登壇していた。

「彼がテル君ビッド君と争うんですよね? よーし、絶対に拍手しないぞー!」

 元気な女教師はそう言って豊かな胸の前で腕を組んだ。まあその意気は買うけど、そもそも牛のラップってどうなんだろうなあ。牛のゲップなら問題――メタンガスが含まれていて温暖化に影響とかなんとか――だけど。

「じゃあブロ、おねがーい!」

 ノゾノゾさんがそう声をかけて、いよいよ彼の演奏が始まった。そして、俺は直前の思い上がりを恥じる事となる。


「それはある日の午後、飯食った後、行く先はマーケット、続くワイディングロード~」

 今日はやや大人しい格好――ピアスやキラキラしたネックレスはつけているが、服はシンプルな白いコートだ。しかしミノタウロスの身にある装飾品、商品管理タグとかカウベルに見えるな!――のキング・オグロヌーさんは、その服装と同じく静かなテンションで歌い出した。どうも中身的にはお昼頃、荷馬車に子牛を乗せて市場まで売りに行く道中、といったストーリーの歌のようだ。

「以外としんみり、バラード系ですね。もうちょっと歌が上手ければ聞けたかも? まあ馬じゃなくて牛ですが!」

 アリスさんはそう日本語で言って牛の様な鼻息をフン! と吹いた。わざわざそのジョークを言いたくて日本語に切り替えたのか……。

「プリティ牛の子、売られるディスティニィ、サッドリィまなこ、見ているエタニティ~」

 ふむふむ、どうやら子牛は可愛いけど売却される運命なのは決まっていて、それを察したような目でこちらをずっと見ている……みたいな内容か? その悲しさに観衆はすっかり沈み込んでしまった。

 うーん、これはミノタウロスの自虐的歌詞なのか? あとミュージカルやロックは踊りや勢いで誤魔化せたけど、しっとり系の音痴な歌を聴かされると逃げ場がなくて辛いな。しかも彼は1MCだし。

「「どぅ~いなっう!」」

 と、急にファンファーレの様な音が鳴り、曲調が変わる。と、同時にキング・オグロヌーさんがコートを脱いだ。その下は予選でも見た、原色のダボっとした服にキンキラしたアクセサリーの山だ。

「どぅいなっう! どぅいなっう! どぅいなっう! 牛の子ノせてアゲろ!」

 そこからは急にノリノリの効果音が鳴りまくり、キング・オグロヌーさんも怒鳴るように歌う。

「どぅいなっう! どぅいなっう! どぅいなっう! 荷馬車を揺らせ!」

 こうなっては歌の上手い下手は関係なかった。ミノタウロスがノせる度に観衆も応える。

「どぅいなっう!」

の謎のコールレスポンスが何度も成立し、大盛り上がりのうちにミノタウロスラッパーの出番は終わった……。

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