第478話
ピッチの上では前座イベント……の更に前座イベントとして、脳天気な音楽に併せてチームグッズの投げ入れが行われていた。
「一番、元気な子に投げるよー!」
「ここ……と見せかけてこっちぴい!」
ノゾノゾさんとスワッグが煽りお客さんが反応する。地球で言えばTシャツを丸めて圧縮空気砲で観客席に飛ばしたり、サイン入りのフリスビーやボールを投げ入れたりするのだが、もちろんこの異世界にそんなモノはない。
丸めたユニフォームやヘッドバンドを、ジャイアントのお姉さんが強肩で投げつけたり、上を飛ぶグリフォンが上空から爆撃したりしているのである。ワイルドだ。
「えっ!? 何か貰えるの!?」
アリスさんがその様子に気づきガバっと立ち上がった。因みに今日は特別にお願いして試合開始直前まで魔法無効化のフィールドは張られない。よって今はまだ魔法の翻訳アミュレットで周囲の声を聞いている。
「ええ、スタッフに気づいて貰えればですが」
「そうなんだ! みんなも立って騒いで! おーい、こっちこっちー!」
俺の言葉を聞いた先生は嬉しそうな顔をすると振り返り、生徒さん達も巻き込んで飛び跳ね始めた。おい、清楚なお嬢さんモードは何処へ行った!?
「おっきなおねーさーん! 投げてー!」
「スワッグちゃんちょうだーい! 私のこと好きって言ったよねー!?」
生徒さんたちも一斉にグッズを求めて叫ぶ。男子生徒、その「おっきな」は何処にかかる? 邪な意図を感じるぞ? あとスワッグ、レイさんの護衛で学校へ行ってる間に女子生徒に何をしてた!?
「おー! あそこ、元気が良いねー!」
俺がツッコミを入れている間にノゾノゾさんがこちらに気づいた。風の巨人の力で増幅された声はアリスさん達にも届き、彼女らは更にヒートアップする。
うん、まあそんなに頑張らなくても貰える事は密かに決まっているんだけどね。もちろん、仕込みで。
「俺の付近にいる生徒たちにはぜってえなげてくれよな!」
と孫○空の物真似で言ってあるのだ。ノゾノゾさんには受けなかったけど、スワッグは笑ってくれた。
それはそうとこの手のファンサービス、内輪で回していて誰にするか決まっているとしたらちょっと興ざめだよね? まあ今回だけは学院の生徒を招待、という特殊な事態なのでお許し頂きたい……。
「ぶわっ!?」
と、心の中で謝罪しながら揺れるアリスさんの胸を見ていた俺の横面を、凄い勢いで飛んできた布の固まりが強打した。
「きゃあ! ショーキチ先生大丈夫!?」
「うっ……! 大丈夫です……」
心配するアリスさんに返事をして、俺の顔面に張り付いた飛来物を取る。見るまでもなくそれが何か分かっている。アローズのタオマフだ。俺は公式グッズの事は全部把握しているからね!
「ピンポンパンポーン! スタンドにボールやグッズが飛び込むおそれがあります。ご注意ください。鼻の下を伸ばしている野郎は特にな!」
完璧なタイミングで注意喚起の場内アナウンスが流れた。ステフの声だ。アイツ、見てやがるな?
「でも顔に跡が……」
そう言って顔に手を沿えようとするアリスさんを制止しつつ、ピッチの方を見る。ノゾノゾさんはニヤニヤと笑いながら人差し指と中指を立てて自分の目を指し、ついでその指を俺に向けた。こっちもこっちで
「見てるぜ!」
というジェスチャーだ。いやそれは洋画の格好良いシーンでやるもので、こういうシチュエーションで出すモノじゃないのよ!
「おう、クールだぜ!」
「あのお姉さん、俺たちの方を見たぞ!」
しかし男子生徒たちは興奮してそう叫ぶ。おまえらイモータン・ジョーを崇拝するウォーボーイズかアイドルと目が合ったと自称するファンか!?
「あ、良かったらこれを貰って下さい」
イチイチつっこんでいたらもう身が持たない。俺は諦めてため息を吐きつつ、タオマフを開いてアリスさんに手渡そうとした。
「お! サイン入りじゃん! 誰のだろう?」
しかしそれに書かれた文字を見て思わず呟く。
「だっ、ダリオ姫のですよショーキチ先生……! ん!」
受け取ろうとしたアリスさんはマフラーに目を走らせ驚きの声を上げ、そっと頭を下げて首を差し出した。ダリオさんのサインという事は王家のサインでもある……ってかなりの値打ちモノじゃん!? あとこれ俺が巻いてあげる流れ!?
「そっかでも知らないか」
驚いたものの、タオマフを見栄え良く巻くにはコツがいる。具体的に言えば、チームエンブレムが自分の前に綺麗見える位置へセットするのが大事だ。
「はい、こうです」
俺は最後、彼女の胸に触れぬよう注意して長い布を巻ききった。うむ、我ながら見事だ。
「ありがとうございます! 48の憧れのシーンの内の二つ、『傷つきながら手に入れたモノをプレゼントしてくれる』『彼氏がマフラーを巻いてくれる』を一気にゲット……!」
いや、その、アリスさん!?
「はっ! ……というのが巻き方だそうです! 手に入れた子は今のを参考に同じ様に装備してー!」
「「はーい」」
混乱する俺を尻目にアリスさんは一瞬で先生の顔に戻り、生徒さんたちに呼びかける。いつの間にかスワッグの絨毯爆撃でタオマフを手に入れた生徒さんたちもそれに呼応し、次々と装着していく。
「なっ、何という切り替えの早さ……」
サッカーでも切り替えの早さは重要だ。俺、この先生と生徒たちの事、だんだん好きになってきたぞ……。
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