第477話
コンコースに入った俺はその足でナリンさんと別れ、関係者ゾーンから一般客ゾーンへ向かう。もう間もなくピッチでのウォーミングアップが始まる。そうなったら俺が公的にチームにタッチする事は出来なくなるからだ。後はどうあれコーチ陣に任せるしかない。
「ショーキチ先生! こちらです!」
と、慣れぬ一般客エリアの廊下で周囲を見渡す俺に、明るい声がかかった。
「あ、どうも! 生徒の皆さんも!」
アリスさんだ。後ろには引率されてきたらしい生徒達もいる。俺は彼女の元へ駆け寄って挨拶を交わした。
「改めまして……本日は生徒達をお招き頂き、ありがとうございます」
アリスさんはそう言って頭を下げ、後ろを向いて合図した。それを見て生徒達も
「「ありがとうございまーす」」
と唱和する。おお、ここにも集団を見事に統率するリーダーがいた。
「いえいえ。サッカードウを楽しんでくれる事を祈っています。あと出来ればクラスメイトへ声援を送って貰えれば」
俺は生徒達にも聞こえるように言う。今日はサッカードウの試合にレイさんポリンさんが、音楽の災厄、もとい祭典バード天国にはテル君とビッド君が参加する。誰とも知らない奴らが出るソレよりは楽しんで貰える筈だ。
「お心遣い感謝します」
そんな俺の言葉を聞いてアリスさんはにっこりと微笑み再び頭を下げる。因みに今日の衣装は所々にレースが入った、前がボタン式の灰色ワンピースで上までしっかりと止まっている。圧倒的な胸の質感だけは如何ともし難いが、清楚なお嬢さんといった感じだ。
「(アリス先生、めっちゃ余所行きな声してる!)」
「(あんな服、着てるとこ見た事ないぜ!)」
彼女の背後からそんな囁きが聞こえた。いや服はともかく声は俺もそう思ったけどさ!
「あ、ショーキチ先生? 入り口で貰ったパンフレットですけど、今日はみんな出るんですか?」
ふと、アリスさんが手元の鞄から冊子を取り出した。チームが配布しているプログラム――イベントやグッズの案内、簡単な選手の紹介が記された出版物――だ。
「いえ、最初に出る選手は11名と決まってまして。実は後ほど紹介の映像も流れるのですが……」
俺は彼女が手渡してきた一冊を手に目次を探した。
「あ、メモします! キドニー君レバー君、これ持ってくれる?」
アリスさんはそれを見て背後のエルフの生徒に話しかける。彼女、割と何でもメモを取るな。真面目な女性だ。
「はい」
「これっすか」
アリスさんに渡された荷物を生徒が受け取るのを周辺視野で収めつつ、俺は選手が載っているページに辿り着く。
「ごふっ!」
「ぐえっ!」
と、奇妙な音が聞こえた。間違ってもページがめくられた時の効果音ではない。
「あれ? どうしました?」
顔を上げて音の方を見ると例の生徒たちが背中から脇腹の付近を抑え、酸素を求めて水面の上に顔を突き出す鯉のように口をぱくぱくとさせていた。
「いえ、別に。それよりもショーキチ先生、早く座席に行きましょう」
アリスさんはそう言って俺の手を取り歩き出した。やや赤みを帯びた手で握られ微笑みかけられると柔らかさと良い匂いが漂ってくる。
「はい! では」
普段はそうでもないが、今は美人にこんな事をされると割と他の事はどうでもよくなってしまうなあ。やはり監督していない時は心のガードが下がるのかな。
「みなさんもこちらへ!」
俺は気を取り直し、できるだけキリっとした顔で生徒さんたちへ呼びかけた。この中にはレイさんポリンさんの友人がたくさんいる。アリス先生にデレデレとしていた等と告げ口されたらどんな事になるか分からない。「「はーい!」」
学院の若人たちは元気よく返事し俺たちについて歩き出した。その声に若干の笑いが含まれてる、と感じたのは俺の被害妄想だろうか?
「えっ! すごくない!?」
「でかっ……!」
廊下、つまり建物の内から観客席のある外へ出た生徒さんたちは一斉にそんな声を上げた。うん、分かるよ。スタジアムで狭い通路を抜けて座席の方へ出た瞬間、目の前に広がる芝生のピッチと圧倒的な数の座席、その上に広がる空間を見たら俺も毎回、そうなるもん。
まあ俺は上ではなく下からこの風景を見ているんだけど。
「こんなところでこんなたくさんに見られながらサッカードウしたり演奏したりするの?」
と、謎の下からマウントを内心で行っている横で、エルフの女生徒が周囲を見渡しながらそんな事を呟く。
「そうだよ。レイさんポリンさん、テル君ビッド君の凄さが少し分かったかな? まあ本番はこれからさ。とりあえず、早く移動しよう」
彼ら彼女らの素直な反応にさっきまでの暗い気持ちは消し飛んだ。できればそれをもっと堪能したいところだが、地球でも観客席の出入り口というのは非常に狭い。消防法云々の無いこの異世界では尚更だ。ここに滞留すると他の皆さんの迷惑になるだろう。
「そうだよ! みんな、手元の券と座席の表示を確認してー!」
アリスさんがそう呼びかけ、生徒さんたちは我に返って動き出す。
「そうそう! 名残惜しいだろうけどこの風景は座席からでも楽しめるし、今日は他にも色んなお楽しみが待っているから。はい、移動ー!」
俺も彼女に協力し生徒さんたちを誘導する。前日の準備の甲斐あってスムーズに座席に着いた少年少女達は、まもなく俺の言葉が嘘でないのを知る事となる。
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