第466話

 選手が続々と食堂に入ってきて、食堂は非常に騒がしくなった。同時にバード天国の出演者も個性的なヤツらが増え、モニターの中もそれを眺めている俺の付近も混沌度は更に高まっていった。

「えー移動しろって!? いま食べてるのにー」

「別に。いつもの席だから退きたくないだけ」

 今も、席の移動を乞われたユイノさんとルーナさんが拒絶の返事をしてやや空気がザワツく。何ともたわいもない話で悲しいのだが……一言で言えば激しい『俺の近くの席の奪い合い』が行われていたのだ。

「ツンカはショーの給仕をするだけだから、他意はナッシングなんだけど……」

「ウチらも学校の事もいろいろ話したいんやけど」

 俺の近くのテーブル争奪戦にツンカさんやレイさんも参戦してくる。と言うことはそこにレイさんとともに座りたいポリンさんやパリスさんも付いてくる事になる。

「(うう……集中できん!)」

 じっくりとバード天国を視たかった俺は内心で頭を抱えた。


 そもそも以前に述べた通り、エルフの皆さんは食堂の座席というものにそれほど拘りがない。その日の気分や空き具合でコロコロ変えるし、あまり親交がない対象と相席になってもまあそれはそれ、と割り切る。

 だが例外が二人だけいる。俺とルーナさんだ。日本人である俺と半分日本人であるルーナさんは『自分の席』というのを神聖化しそこに固執する。例えば複数日に渡る研修に行ったら初日に座った席に毎日座るし、飲み会なら幹事がシャッフルを命じない限り席替えはしないだろう。それがザ・日本人だ。

 で、そんな俺たちがこれと決めて陣取っているのが、モニターが見易い奥の場所だった。そこの大きな、5人程度はつけるテーブルに俺が書類を広げて座り、大抵の場合はそれにコーチ陣が加わってプチ首脳会議席となる。そして隣の小さな、二人程度用のテーブルでルーナさんが黙々と食事をとり、たまにそっと助言をくれる。それが普段の風景だった。

 だが今日は事情が違った。


「ほんならリーシャさんだけでも退いてや」

「イヤよ。別にそんな義理はないわ」

 目下、俺のテーブルにはナリンさんリーシャさんユイノさんが付き、隣のテーブルでルーナさんとティアさんが食事をとっていた。

 このナリンさん、リーシャさん、ユイノさんと俺というメンバーはチーム始動前からの関係で、場所を俺の家から食堂へ変えただけなのだが、レイさんはじめその他のエルフには知られてない事のようだ。

「ユイノちゃんがもう少し皿を減らしたらどう?」

 パリスさんが怖々とレイさんを援護射撃する。ナリンさんは仕方ないが、他のコーチの代わりにリーシャさんとユイノさんが我がもの顔で座り続けているのはどうか? といった感じらしい。

「ひゃっひゃっひゃ! あんな渋いのに下手くそー!」

 そんな状態で空気を読まずにティアさんがスクリーンを指さしケラケラと笑う。確かに画面の中では髭面のイケおじドワーフさんたちが調子外れの歌を歌っていた。

「ユイノがフィニッシュしたお皿をツンカが下げようか?」

「だめだめツンカさん! まだソースが残ってる! パンで拭うの!」

「えっとあれは……『非公式髭ダンディズム』か」

 まだ続く争乱の中、俺は書類を確認して呟く。確かにあのドワーフ達はダンディと言えばダンディだ。ジャズ歴30年のバンドって感じ。しかしあの下手さ加減では一生、公式にはなれないだろう。

「ポリン、私の所に座る?」

「ナリンちゃ……いえ、コーチ結構です。レイちゃん、もうあっちで食べない?」

「胃がもたれていくー!」

 ナリンさんが親切にもちかけたが、ポリンさんは丁重に断ってクラスメイトを引っ張ろうとしていた。そこに重なった『胃がもたれていくー!』という叫びは俺の気持ちではなく、非公式髭ダンディズムさんが歌う曲『ピッチドナッツ』のサビの部分である。まあ中年以降になると何かと胃がもたれるもんらしいよね。ドワーフもそうなのか知らんけど。

「私もリーシャねえ様と同じテーブルで食べたい! あ! 監督が退けば良いんじゃない!?」

 ここまで、人垣ならぬエルフ垣に隠れて見えなかったエルエルが、ついに真実に気付いて叫んだ。うん、確かに彼女の言う通りだ。

「それもそうだね。俺、監督室へ戻ります」

 俺はそう言いつつ広げた書類をまとめ、トレーに載せて立ち上がった。

「えっ? ショーキチ殿!?」

「なっ、別にアンタが行くことないじゃない!」

 それを見てナリンさんとリーシャさんが少し慌てる。

「まあちょうど髭ダンの曲も間奏だし……ってアレ何やってんの!?」

 そう言い訳? をする俺の目に、またとんでもない光景が飛び込んできた。なんと非公式髭ダンディズムの面々が鼻に小さな果実を詰め込み、勢いよく鼻息で客席に跳ばしているのである!

「おお、すげー飛距離! ルーナもやってみねえか?」

「やらない」

 喜ぶティアさんとクールに拒絶するルーナを横に、俺は呆然と画面の中の珍事を見ていた。

「シャンソン歌いながら鼻から豆を飛ばす芸人さんはいたけどさ……ってアレか? 『ピッチドナッツ』って『投げられた木の実』か!?」

 鼻からロケットの様に飛ばす事をピッチと呼んで良いのかどうかは謎だが、俺は一応の納得をしていた。

「スキあり!」

 そんな脇をエルエルがすり抜け、俺がさっきまで座っていた席は小柄なデイエルフに獲得された。うーん見事なダッシュ力と隙間に身体を入れる能力。俺はそれを見越して彼女をボランチに転向させたのだ。

 本当だよ?

「あーっ! せこいで!」

「じゃあショーのトレイはツンカが持って行くね? 監督室でオーケー?」」

 レイさんが悔しそうに叫び、ツンカさんが俺のトレーを――トレイが正しい発音なのか? 本場のギャル? がそう言ってるし――手に歩き出した。

「あ、ありがとうございます。じゃあ」

 俺はそう言って腰をフリフリ歩き出すツンカさんの後を追う。最後にチラりと画面で見た演奏は、これまた酷いものだった。そりゃただでも下手な連中が……以下略。

 しかし企画した俺が言うのもアレだがバード天国ってこんな奴らばかりかよ!

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