第465話

「ほえ声の限り叫んでー!」

 番組の中では一組目の出場者が大声で観覧者――こんな企画ではあるが有料観客を入れている。あのグリフォンとドーンエルフに罪悪感は無いらしい。知ってたけど――を鼓舞していた。

「へー割と本格的だ」

 彼らは5人組の狼人間ガンス族からなるバンドもといバードで、地球で言う激しいロックサウンドを奏で吠えるように歌っている。

「……まあド下手だけど」

 ツナギのような衣装を身に纏い、各パート揃った楽器で轟音を鳴らすその男たちは番組の真の意図から一歩も外れずヒドい音痴だ。

「ガンス族も耳が良い筈じゃなかったかなあ? はむはむ」

 俺はナギサさんに突っ込まれた食事を咀嚼し手元の書類を探しながら呟く。音痴な人々の一部は耳に欠陥があって、正確な音程を把握できないから正しい音を自らも出せない、というパターンもある。だがガンス族の見た目はほぼ狼或いは犬人間で、だいたいが立派な耳をお持ちだ。アレで耳が悪いとは考えにくい。

「オタ君これじゃない?」

「あ、どうも。あとオタ君じゃなくて監督です」

 俺が探していたブツをナギサさんが見つけて指さす。その書類には出場者の名称や略歴が記されていた。

「えーっと、マンウィズ……」

「おう、すごいじゃん! オタ君、あーしらもこれしない!?」

 魔法の眼鏡を取り出し狼人間たちのバード名を確認しようとした所で、ハーフオークの黒ギャルが大声を上げて俺の腕を引いた。

「何をです? ってなんじゃこりゃ!?」

 ナギサさんに促され目をやった画面の中で曲はちょうど間奏の部分の様で、暇になったボーカルがソロパートを担当するメンバーにコブラツイストをかけていた。

「こうかな? それともこう?」

「いやナギサさん痛……くはないけど、ちょっと!」

 上を見上げながらそれを真似しようとするナギサさんの技のかけ方はぶっちゃけ下手で、関節を極めるどころかただ彼女の胸に俺の顔をおしつけるだけの様な形になっていた。オーク姿の時は技に頼らず相手の関節をボキっと折れる巨漢だから、そっちの技術はないか。

 ……まあ人間姿の今はポニョっと沈める巨乳だけれど。

「えーっと、正式名称は『マン・ウィズ・ア・サブミッション』!? なるほど……」

 俺がナギサさんの乳を押しのけて確認した書類には彼らのバード名と特色が記されていた。

「演奏中にメンバー、或いはステージ上に呼び込んだファンに関節技をかけるのが恒例、と」

 それを読んで納得したもののステージ上はかなり悲惨な有様だった。普通に考えたら分かるが、ただでも上手くない奏者が演奏中にサブミッションをかけられて邪魔されたらどうなるか?

「ははははは! もうめちゃくちゃ! ウケルー!」

 もう技を諦めたか、ナギサさんがただ俺の身体を揺らしながら笑う。そう、ステージ上はもう完全なカオスで、コンサートなのかプロレスなのか訳が分からなくなっていた。

「このバンド、もといバードはたぶんダメっすね」

「うんうん、本末転倒! 売れないバードが独自性を出して目立とうとするけど、その独自性に足を引っ張られて本来の演奏も駄目になるパターンだね!」

 俺がため息混じりに感想を言うと、ナギサさんがまた意外な知性を発揮して解説で返した。なんか底の見えないオークだな……。

「ん? どしたん?」

 まじまじと彼女の顔を見つめる俺に気づき、ナギサさんが訊ねる。

「もしかして……したくなっちゃった?」

「いえ、違います!」

 そう言われて俺は現状を把握した。つまり豊満なボディの黒ギャルと身体を絡め合っているという我が身を。

「あーしはぜんぜんかまわないけど! 喧嘩ごっこをしている間にムラムラきて……とかいい感じじゃん!」

「良い感じじゃないです! そもそもここは食堂なんですよ!」

 俺はそう言って彼女の下手なコブラツイストを解きにかかる。これがちょっとエッチなラブコメなら解くどころかさらに絡まって

「もーどこに顔つっこんでいるのよオタ君!?」

などとなるところではあるのだが、俺の物語は硬派なサッカーチーム運営モノでありそうはならない。

「もうじき誰か来るかもしれませんし」

「あーしは見られても気にならないのに……あんっ!」

 こっ、硬派なサッカーチーム運営モノなので今のナギサさんの叫びも嬌声ではなく、腕関節技まで使って彼女を引き離した俺への抗議の声である。

 まあ俺の肘の辺りが彼女の胸の先端付近を掠めた事は否定しないが。

「お腹空いたのだ!」

「練習の後かたづけしてあげたのにゃん! 監督にゃんスイーツくらい奢ってくれるかしらん?」

 サッカーチーム運営モノなので当然、選手もやってくる。最初に食堂へ入ってきたのはアイラ、マイラの双子――に見えるが実は祖母と孫――のドーンエルフコンビだ。

「あ、アイラ先輩マイラ先輩、お疲れさまーす!」

 彼女らの姿を見てナギサさんがすっと背筋を伸ばし頭を下げる。このハーフオークの言によればブヒキュアも魔法少女で魔法界の序列内におり、この双子やシャマーさんは大先輩にあたるらしい。

「ありがとうナギサさん。本当に疲れたのだ!」

「え、後かたづけまでやったんすか!?」

 ナギサさんが大袈裟に驚いたが、彼女たちがやってくれたのは事実だ。今回はコーチ陣の頭数が少なく、練習に使った用具の出し入れを選手たちに任せたのだ。

 その後、風呂や着替えをして……いまやっと夕食を取りに食堂へ来れたという事だろう。

「そうなんですよ。ナギサさん、今日だけは節制に目を瞑って甘いものを多目に出してあげて下さい」

「りょーかい! じゃあ先輩たちも座ってすわってー!」

 俺の依頼を聞いたオークのコックさんは笑顔で敬礼をし、先輩たちを席へ誘った。そして

「(じゃあ選手たちに仕事させといてあーしとイチャイチャしてたんだ? オタ君、悪い子だね!)」

と耳打ちし、歩き出す。

「ちょ! それはそっちが……!」

 という俺の抗議の声を大きなお尻で跳ね返し、ナギサさんは厨房へ消えた。

「ありがとう、オオカミバードさんたち! じゃあ次のエントリーは……」

 そんな間にもノゾノゾさんの司会で番組は進み選手も続々と夕食へやってくる。俺は釈然としないものを抱えつつも、視聴と食事を続けるのであった……。

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