第453話

 記者会見を終えたナリンさんとニャイアーコーチ――ちなみに会見はニャイアーコーチがGK論を熱く語って記者達を煙に巻いたらしい。サッカードウについて一家言ある記者も意外とGKについては無知だったりするからね――と整理運動を終えた選手達、そして俺たちスタッフ諸々は合流してホテルへ戻り、静養中の仲間を見舞った。

 彼女らは完全防備で訪れたゴルルグ族医療チームの検診と治療とを受けてかなり回復しており、明日の朝なら自力で歩いて帰国できる、しても良いとの事だった。

 まあセンシャの儀式がどうなるか? 次第ではあるが。ただナリンさんが言うには免除される公算が高いそうだ。

「その医師は空港、じゃないや、テレポート発着場の公的な証明も出してくれたんですね?」

「エクザクトリィ! ショーにこれを渡せって」

 居残り組代表のツンカさんはベッド脇に置いてあった書類を俺に差し出した。ちなみに彼女ら、現在はベッド、テーブル、トイレと清潔で安全な設備が揃った個室を与えられており、薬と水差しも綺麗なトレイに並べて置いてある。

 完全防備の医師にこの処置……どうせなら試合前に来てくれれば良かったのに。わざと遅らせたか準備に時間がかかったかどっちだ? いやいや、あまり疑うのはよそう。

「ショー?」

「あ、いや、眼鏡どこかなあ、と」

 悩む俺を見てツンカさんが不安げな声で訊ねたので、俺は誤魔化すようにポケットを探り魔法の翻訳眼鏡を取り出した。

「ふむふむ。2枚目を切り離して窓口に出せ、と。なるほど、確かにこれで出国できそうですね」

 ざっと書類を見渡し呟く。ゴルルグ族は少々ディストピアSF的で官僚的な種族ではあるが、そのぶん理解し易い面もある。特にこういう事務的な部分は有り難い。

「オーケー?」

 ツンカさんは少しやつれた様子で、普段の元気いっぱいアメリカンガール! みたいな空気は微塵も無い。まあ上から下から出すモノ出し切ったのだ。そりゃそうなるよな。

「ええ。辛い体調なのに代表として対応してくれて、ありがとうございました。また何かお礼でも」

 その姿に胸が痛んで、俺は慰めを口にする。

「リアリィ!? じゃあハグ……は、駄目よね……」

 デイエルフ一の陽キャは一瞬で顔を輝かせ両手を広げたが、すぐにまた暗い顔になった。

「いや、駄目と言う程では……」

 シャマーさんやレイさんのハグはそれだけでは済まない、より大きな代償を要求する魔女みたいなハグで――これはおとぎ話に出てくる老婆の魔女のハグとかけているのである――怖いが、ツンカさんのは軽い挨拶みたいな、街中で陽キャの大学生サークルが段ボールに『フリーハグ』って書いてやってるみたいなモノだろう。だからたぶん大丈夫だ。

「でも、あの夜は拒否されたし……」

 ツンカさんの言葉を聞いて少し考え、思い出す。あの夜とはアレか、牢屋の俺を解放する為にストライキしようとしてた時のか。

「まだ怒っているのかな? って」

 彼女はそこまで言って、傷ついた少女のように俯き俺を上目遣いに見た。あの出来事、昨晩の事なのにだいぶ前のように思えるし、傷は思ったよりも深いようだ。

「確かにサッカードウ選手としての自覚に欠けた行為でしたけど、半分くらいは捕まった俺と先導と煽動したシャマーさんが原因ですし、ハグを断ったのはペンキがついて汚れるのが嫌だったからですよ」

 俺は気持ちを隠さずに伝える。が、それでもツンカさんの薄く涙を称えた瞳は暗い色で、手は所在なさげにシーツを掴んでいる。

「えっと……じゃあ」

 言葉だけでは足りないなら仕方ない。俺は彼女の手を解き両腕を広げさせ、こちらも腕を広げて抱き締めた。

「ショー! ウェルカムバック! いろいろとごめん……」

 抱き寄せられたツンカさんは涙声でそう囁く。ウェルカムバック? ああ、ルーク聖林に拉致されて牢屋に入って長くチームに帰ってなかったからか。しかしレイさんの関西弁にツンカさんの英語混じりに、この魔法翻訳アミュレットはどういう仕様なんだ? 本当のエルフ語ではどう言っているんだろう?

「ショー?」

「はい?」

「シャマーの匂いがする……のは良いけど、抱いてる最中に他の女の事を考えるのはノー」

 ツンカさんは少しだけ身体を離すと、俺の真正面に顔を持っていってそう言った。ってなんでそんな事まで分かるの!?

「お見舞いに行ったから消毒液の匂いでも残ってたんですかね、はは」

 俺は目を泳がせながら誤魔化し笑いをする。

「本当はこんな事をするつもりなかったけど……もう!」

 が、デイエルフはそう叫んで俺をベッドへ引き倒し、上にのしかかって激しく唇を押しつけてきた!


「(テイクダウンディフェンス! 何はなくともテイクダウンディフェンスを習わなければ!)」

 ツンカさんの猛烈なキスを浴びながら、俺の脳裏に走ったのはそんな考えだった。一日で二度も、しかも負傷している或いは病に伏す女性に倒されるとは情けない。早急にテイクダウンディフェンス――押し倒しまたは引き倒しに対するMMAの防御技術――の拾得が必要だ。

 タッキさんのイグア院にそういう技術あるかなあ? あそこは打撃技と気孔がメインな雰囲気だが?

「また別の女の事を考えてる! ショーがギルティなんだからね!」

 ツンカさんはそう言いながら俺のズボンのベルトに手をかける。まただ何故分かる!? あと

「こんな気持ちにさせたお前が悪いんだからな!」

ってのはBL小説で攻め様が言う台詞だろ!? リストさんが語っていたのを聞いた事があるぞ!

「ショーまた……。良いよ、私オンリーしか考えられないようにしてあげるっ!」

 だからなんで分かるのっ!? あと学習能力無いな俺! と悩む間にもツンカさんはベルトを外し終わり、スーツのフックやジッパーに手をかけ……動きが止まった。

 そうだ、彼女らも移動時にスーツは着用している。しかしドラゴンさんが魔法で複製した俺の物とは違い、ジッパーまでは再現していない。ひっかけの紐とボタンで閉じているだけだ。

「(まあアレを摘んで下へ引っ張るだけなんだけど)」

 と心の中で呟いたが、ツンカさんは固まったままだった。ふむ、心が読める訳じゃなくて、女性の事を考えていると何か察するだけか。

 あ、今はそれを確かめる為に考えただけで、伝えたかった訳じゃないんだからね!

「えっと……ハウ?」

「いや教えませんよ!」

 俺は悩むツンカさんに隙を見つけてさっと身体を避け、身を離した。

「あんっ!」

 それを見て妙に色っぽい声を上げてツンカさんが手を伸ばす。何かこのまま去ってしまうにはあまりにも冷たいので、俺はその手を握り甲に軽く唇をつけた。

「病み上がりに無茶しないで下さい」

 そして唇を離してにこやかに告げる。

「予定が決まったらまた通知しますので。ゆっくり休んで」

 そして服装を直して部屋から出て行く。そういう関係にはなれないけれど、仲間として気にかけているよ? という気持ちは伝わっただろうか。

「うん……。リザーブ、されたんだよね?」

 そう良いながら俺が唇をつけたのと同じ場所にキスするツンカさんの様子は、去っていく俺には見えていなかった……。

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