第452話
やるべき事を一つ終えた俺は、今度はピッチの方へ向かった。選手たちが試合後にやる整理運動の様子を見る為である。
今日はやけに試合後うろちょろしてるな、って? 試合後のインタビューも記者会見も――退場した監督は行わないのが通例である。いや別にマスコミに対してまで退場した訳じゃないんだけどね――無いので暇だし、何より敗戦後の選手を観察しケアしたいのだ。何せ俺が居合わせるのは初めてだからね。
「きゃあもうそこまで来ましたわー」
「タイヘンダーオイツカレチャウヨー」
しかし、到着した俺が目にしたのはとても『敗戦後』とは言えないテンションでランニングをこなす選手達と、彼女らを追いかけるジノリコーチの姿だった。
「何やってんすか、アレ?」
試合は終了し魔法無効化のフィールドは切れている。俺は翻訳アミュレットを通して選手達の声を聞き、ザックコーチへ話しかける。
「ああ、アレはジノリコーチと鬼ごっこをしているのだ。彼女に追いつかれた選手は、罰走という約束でな」
「はあ。でもそれはあまりにもヌルゲーでは?」
棒読みの台詞で悲鳴を上げ、笑いながらながら余裕で逃げ去るエルフ達と、必死の形相で追い続けるドワーフを見ながら俺は言った。うん、どう考えてもエルフとドワーフではコンパスが違い過ぎる。
「そこはまあ、雰囲気を少しでも明るくしようという彼女の提案でな」
ミノタウロスはその大きな口を少し隠して言う。そういうことか、ジノリコーチも考えてくれているんだな。
「ほらほら、油断してると追いつかれちゃいますよー」
そう声をかけながら、その場にアカサオも合流する。視界の隅で見た感じでは別のゴルルグ族と何やら談笑していた様だ。彼女は今はアローズ、エルフ代表のスカウトで蛇人にとっては裏切り者の様な存在――これはジノリ、ザック、ニャイアーコーチ全員にも言える――ではあるが、完全に関係が切れたり疎まれたりという程ではないようだ。結局なんだかんだ言ってもサッカードウ業界は狭い世界で一つのファミリーでもあるんだなあ。
「アカサオは休みの間、どうされるんですか?」
俺は彼女に休暇の予定を訊ねる。さっき休みを伝えたところだからまだ決まってないかもしれないが、知り合いと話していたからそれを相談していた可能性があると思ったのだ。
「今日と明日だけ家族や友人の顔を見て回りますけど~」
「その後は、の、ノトジアにする!」
俺の質問に、アカリさんとサオリさんが言葉を継ぐように答えた。
「ノートリアスですね。潜入の難易度としてはどうなんですか?」
ハーピィ戦には俺とナリンさんだけで準備する、と告げた時から決めていたのだろう。彼女達はその次の対戦相手、ノートリアスの本拠へすぐ向かうようだ。いや、休んでくれて良いんだけど。
「あ、あそこは潜入する、訳じゃなくて……えっと」
「ノートリアスは基本、フルオープンなんっすよ。なんでかと言うと……」
隠密行動は得意だが口下手なサオリさんから交代してアカリさんが説明を始める。
「それで金を取ってるからです。あそこ、軍の運営もチームの運営も寄付金とかに頼る比率が高いっすから。練習見学も選手のファンサービスも金次第で自由なんす」
彼女に言われて幾つか思い出した。確かに俺たちも普通に申し込んで軍の設備やらなんやらを見学したわ。
「クラファンで支えられる軍隊か……」
俺はたぶんこちらの世界の住人には通じない例えをぼそっと呟く。ノトジアは虚無の砂漠から生まれるアンデッド、不死の化け物と闘う為に建国された軍事国家で、大陸の全生命を守り全土から寄付金などの支援を受けている。もしノトジアが突破されれば大陸全土がアンデッドとの戦いに巻き込まれる。それゆえクラファン――クランドファンディング。群衆から運用資金を募る形だ。単なる寄付と違うのはリターンがあること。この場合のリターンはもちろん、アンデッドから国土を守る事だ――が有効なのだろう。
ただしクラファンが成功するには条件が幾つかある。そのうちの一つが透明性だ。資金がどれくらい集まりどのように使われるか? それが明示されていないと十分な資金は集まり難い。恐らくノートリアスが練習などをオープンにしているのも、それが理由の一つだろう。
「まあ、あそこは蓋を開けるまで分からないっすけど」
考え込む俺を横にアカリさんがそう言いザックコーチも苦笑した。ノートリアスはこの大陸の全種族の為に、アンデッドとの戦いの矢面に立っている。その代償としてかの国のチームはサッカードウにおいていくつか便宜が図られており、その一つが『登録選手入れ替えの自由』なのだ。
「そうは言ってもそれなりには絞り込めるんですよね?」
「ええ。作戦行動の予定とかと比べ合わせれば」
アカリさんはさらっと凄い事を言う。が、実際は軍事機密を盗み出す必要などはなくて、ノートリアスは軍事行動も公表されている。何故ならアンデッドには諜報や策略という概念は無く、こちらを探ってくるという事がない。故に軍にもその備えが不要なのだ。
ただそれを差し引いても、ノートリアスはさっぱりと読めないチームではある。リーグ開幕から5戦、一度も同じメンバーで闘った事が無く、種族も混成である。負ける時はあっさり負けるが、ハマるととんでもない力を発揮する。そんなタイプだ。
「そうですか……。なんか折角のお休みを使って貰って申し訳ないですけど……宜しくお願いします」
俺がそう言って頭を下げるとアカサオは気にすんな、とばかりに俺の肩を叩いた。そしてまたどこかに知り合いを見つけたらしく、軽く詫びを入れて俺たちの元を去っていった。
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