第449話

 PKを外したリストさんは目に見えて生彩を欠いていた。或いは前半からロイド選手相手に劣勢になっていた事が改めてダメージになっていたのかもしれない。俺とザックコーチのイチャイチャ――あくまでもリストさん視点だが――で回復したとは言っていたが、強がりだった可能性もある。いやきっとそうだ。あんなので癒される訳がない。

 いずれにせよリーシャさんに代わりFWへ入ったリストさんはターゲットというよりは前線の蓋と化してしまい、単純に枚数が減ったDFは守備が薄くパスの出し手も減り、エルエルとアガサさんの即席ボランチコンビは完全にミスマッチだった。

 アローズの失点はCKのこぼれ球をビア選手が蹴り込んだ――サッカーとは文脈と関係ない得点失点がしばしば起きるモノである――結果であったが、敗戦は当然の帰結でもあった。いよいよ終盤となり開き直ってリストさんタッキさんへの放り込みを始めたものの、今度はロイド選手がDFラインへ入って空中のボールを悉く跳ね返して終了。

 スコアの上では1-2の僅差の敗戦ではあるが、負傷退場を2名出した上に昨年までのアローズを彷彿させる戦い方になっての負けは、非常に心象が悪かった。しかもトロール戦に続いての2連敗だ。

 試合終了の笛が鳴って中央に整列し挨拶し、それからサポーター側へ向かって歩くアローズにブーイングは投げかけられない。アウェイまで来るサポーターのチーム愛は強いし、俺がジャックスさんに教えたチームの内情もおそらく伝わっているだろうし。だがそれでも雰囲気はたいへん暗いものだった。

「あああ! 悔しいなあ!」

 その光景を控え室で観ていたユイノさんが大の字に寝ころんで叫んだ。

「今日は仕方ないわよ。でも次は絶対に負けない!」

 その隣に座っていたリーシャさんが親友の手を握りながら呟く。既に入浴も着替えも済ませジャージ姿だ。

「その通りです! 今日は良いプレーでした。特にゴルルグ族が」

 俺も最後は座ってモニターの魔法球を観ていたが、言いながら立ち上がって言葉を続ける。

「でも今のがベスト! ゴルルグ族にこれ以上はありません。一方、俺たちはコンディションもメンバーの数も、監督の準備も最低でした。向こうの最高とこちらの最低がぶつかればそりゃ負けます」

 左右高さを変えた手を交差させて俺は笑う。

「まあ、こんなパターンは滅多にありませんから。次やった時は絶対に勝ちます。あと次のハーピィ戦も勝って、サポーターに久しぶりの勝利を見せましょう!」

 そこまで言ってくるっと振り返り彼女たちを見ると、ユイノさんとリーシャさんはしばらく顔を見合わせ……

「もしかしてかんとく……」

「それ、この後のリハーサル?」

と言って笑い出した。

「あ、バレました?」

 俺もつられて笑いながら白状する。

「分かるよぉ! めっちゃそれっぽかったし」

「ちょっとクサかったかな。でも悪くないよ」

 ユイノさんはケラケラ笑い続けながら、リーシャさんはどこから目線よ? と言いたくなるような、それぞれの返答を返す。いや両者ともいかにもな言葉だけどね!

「まあ手応えも悪くないみたいだし、敗戦後のしおれたロッカールームで演説してきますよ」

「がんばってー!」

「私たちは先に整理運動行ってるから!」

 宣言し出て行く俺の背に親友コンビがそんな声を送る。若い子は切り替えが早くてよいな、みんながそうだったら楽なんだが……。


「タッキにゃん、マイラが持ったら?」

「裏デス!」

「自分は首を左右に振らないんすよ、右なら右だけで」

「え? それで分かるの!?」

「声量は分かりますけど、貴女の指示だと……」

「そうなんだよなあ。あ、おい、おまえ! ちょっと知恵かせ!」

 ザックコーチと確認を取り、入ったロッカールームの中は『しおれた』という形容詞からは遠くかけ離れたものだった。

「おまえじゃなくて監督ね、ティアさん。何を話していたんですか?」

 俺はそう言いつつナリンさんを探してみつけ、目で合図する。マイラさんとタッキさん、クエンさんとエルエル、ガニアさん始めDFラインが話し合っているのは把握したが、他にもそこかしこでディスカッションが起きているようだ。ナリンさんは

「(全て記録しているであります!)」

とでも言うようにロッカーの上の魔法装置を指さした。オーケー、優秀なアシスタントがいて良かった。あれを見れば、どこでどんな組み合わせで喋っていたかを後ほど確認できるな。

「次節のラインコントロールだけどよ。シャマーのやつ抜きでどうしたもんかと思ってさ」

「大丈夫、それは考えてあるので。詳細はまた個別にしよう。今は全体の話を……みんな、ちょっと聞いて!」

 俺はティアさんに詫びを入れて号令をかけた。一斉に全員の目が集まる。

「お疲れさま! 良い戦いでした。負けはしたけど善戦でしたし、みんなが既に次に向けて燃えてくれているのを非常に好ましく思います」

 部屋に入ってすぐに、俺はユイノさんとリーシャさんの前で試したスピーチを放棄する事を決意した。良い行いには良いレスポンスを素早く、というのは指導の上での鉄則だ。せっかく用意したモノが無駄になる……とか勿体なく思っている場合ではない。君子は豹変す、とも言うしね。

「ですが、そこに水を差すのが残念ながら監督の仕事でもあります。今回の闘いも、気づかない身体へのダメージが非常に残っていると思います。なのでオフは2日間とります。明日からではなく、国に戻った日から!」

「「やったー!」」

 俺がそう言うと選手たちが一斉に歓声を上げ、手にしたユニフォームや靴を空中へ投げた。因みに帰国してから、とわざわざ口にしたのは出国が簡単に済むか――グレートワームへ入国するのも難儀したし、集団感染もあるし――分からないからだ。

「ゆっくり休んで、心だけじゃなく身体も燃えている状態で帰ってきてください。じゃあ、準備が終わった選手から整理運動へ」

 そこまで言ってから俺はコーチ陣に呼びかけ、沸き立つロッカーをそっと後にした。

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