第439話
リーシャさん達と分かれた俺はその足でロッカールームへ向かい、外で待っていたザックコーチと合流した。
「シャマーさんはどうです?」
「後で治療士と再確認するが、少し長引くかもしれんな。……すまん」
ザックコーチはミノタウロスの巨躯を縮めて弱々しい声を漏らした。
「何で謝るんですか? と言うか謝らないで下さい!」
シャマーさんの負傷は不慮の事故、或いは悪質なファウルの結果だ。ザックコーチに責任はない。
「いや、俺はビアの奴のやり方をもっと注意するべきだった。しかも後になってあんなに取り乱して監督に止めて貰うなど……」
「そこは仕方ありませんよ。言っちゃ何ですがゴルルグ族程度のラフプレイ、ミノタウロスには効かないから知識の蓄積が無かったでしょうし。それに俺は嬉しかったですね」
俺がそう言うとザックコーチは不思議そうに牛首を傾げた。
「嬉しかった?」
「ええ。ザックコーチが選手の為にあんなに感情を露わにしてくれて。大事に想ってくれてるんだな、って」
「えっ? いや、それはその、まあだな!」
その言葉にザックコーチは真っ赤になる。赤い牛……あかべこか。
「何もそんなに照れなくても」
「いやいや監督、俺まで口説いてどうする!?」
「ふふふ。男同士のイチャイチャは荒んだ心の癒しになるでござるな……」
ふと、俺たちの会話に怪しい声が加わった。サムライ口調だがるろうにではない、ナイトエルフの剣士リストさんだ。
「うわっ! リストさん、もう良いんですか!?」
彼女は更衣室のドアを少し開け、首だけ出して俺とザックコーチの方をいやらしい目で見ていた。
「うむ、これもまた美味でござった。前半の傷も癒えたでござるよ」
あ、聞いたのはそっちじゃなくて、もう入って良いか? の意味だったんだけど。
「入っても良いんだよね? 声をかけたいんだけど」
「どうぞでござる!」
俺が改めて訊ねるとリストさんは元気良く返事する。前半はロイド選手に殆ど勝てなかった彼女だが、もう落ち込んでいない様だ。
「じゃあ」
そう言って俺はザックコーチに目で合図してロッカールームの中へと入った。
更衣室の中はあまり賑やかではなかった。選手やスタッフの数を絞っている上に、前半があまり良い出来ではなかったからだろう。当然と言えば当然か。
「よし、みなさん聞いて下さい」
本来であれば喧噪に紛れて個人的に伝えるつもりだった事を、俺は路線変更して全員の前で話すことに決めて口を開く。
「ナリンさんから聞いていると思いますが、後半はシャマーさんに代わってリーシャさんが出ます。で、キャプテンマークも彼女に渡しています。ただ彼女は前線で集中しないといけないしどこまで引っ張れるか分からないので、ピッチ上で迷ったら頼れるベテラン、ボナザさんとガニアさんに相談して下さい」
それを聞いて全員の目が両ベテランへ向く。いきなりの指名となった形だが、そこは百戦錬磨のGKとCB。どちらも軽く微笑んで頷く。
「シャマーさんを欠く事になりましたが彼女のやり方は踏襲しましょう。攻め急がず、冷静にパスを回して相手を動かして押し込む。最後までに1点でも取れば良いですから。じゃあ、号令はボナザさん?」
俺はそう言って部屋の中央から移動し、皆が円陣を組む。
「監督が言っていた通り焦らず、だ。こちらはもう1点も与えるつもりはない。3、2、1、焦らず、でいくぞ? 3、2、1……」
「「焦らず!」」
ボナザさんの渋い声に続いて全員が大声で応える。こういう時はシンプルに大声を出すのが正解だ。さすが古強者。
「やればできるじゃねえかお前ら! 声だ声出していくぞ!」
少し大人しかったティアさんが更に発破をかけて先頭でロッカーを出て行く。正直、同サイドのリストさんのカバーで少し疲れていただろうが、彼女はやはりこうでなくては。
「後は……、とちょっとごめん!」
ティアさんに続く選手とコーチ陣を見送りつつ、俺はあるエルフに目をつけて彼女を呼び止めた。
「どうしたノ、監督? カード注意?」
不安げな声で立ち止まったのはタッキさんだ。武術僧として肉体と精神を鍛えた彼女はボナザさんに言われるまでもなく焦ったりしない。座禅とか明鏡止水とかそんなやつで。
だが唯一の難点がその強すぎる肉体が相手を痛めつけ、結果としてラフプレイになる所だ。確か地球の法律でもボクサーの拳は『凶器』扱いになるみたいな話はあったな。タッキさんクラスになると全身が凶器だ。
「リーシャさんと2TOPを組む事になりますが、引き続きポストプレイをお願いします」
「うン。上手くないけどがんばル!」
いや難点はもう一つあった。彼女は本業がモンクでサッカードウ選手としてはまだ未熟。故に戦術理解度及びボール扱いのスキルが他の選手に比べてかなり劣っているのだ。それで代表選手になってて得点源でもあるのは異常だけど。優れた身体能力と体術のたまものだな。
「ロイド選手から盗めそう?」
「うーん、ちょっと遠イ」
俺はホテルにいた時から伝えていた
「ゴルルグ族のポストプレイの名手、ロイド選手の技術を見て覚える」
というアドバイスを思い出して言ったが、タッキさんの表情は芳しいものではなかった。
「そっか。そりゃそうだよな」
タッキさんはこちらの最前線でロイド選手はあちらの最前線。正直、めっちゃ離れている。いくらエルフの目が良いからといっても、見て――実際に同じ高さにいれば他の選手が重なって見えない事も多々ある。観客席やTV観戦では気づき難い視点だ――盗むのは難しいだろう。
「タッキ、小さい方ダカラ」
タッキさんは自嘲的に笑ってそう言ったがその通りだ。背が高ければヘディングでも有利だし重なっても上から見下ろせるが、彼女はエルフでもやや小柄な方だし背伸びしても見えないだろう。
「ボクシングで言えばフェザー級くらいですかね」
って駄目だ、またボクシングの話してるし今回は通じない相手に言ってる!
「ボク? フェザー? ナニ?」
案の定、タッキさんが首を傾げながら問う。
「あーいや、格闘技と言うかせめて羽みたいに柔らかいボールタッチができればポストプレイも……」
俺はそう言って説明もできず適当な誤魔化しを口にしたが、他ならぬ自分自身の言葉にふと思いつくことがあった。
「うん、ボールタッチ……難しい。タッキ、堅いものを蹴る方が得イ」
「いや、でももしかするとですね……」
俺は早口である事を説明してみる事にした。
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