第438話
シャマーさんが負傷しながら獲得したCKを、アローズは残念ながら生かす事が出来なかった。彼女は特別、空中戦が強い選手という訳ではないがセットプレーではスクリーン役を非常に上手くこなすタイプであったし何よりキャプテンだ。
精神的主柱がすぐそこで倒れているという光景が選手達に動揺を与えた事は間違いなかった。そこは、チームに平静をもたらす事ができなかった我が身の非才を嘆くしかない。
「ピー!」
CKをゴルルグ族が難なく跳ね返し、ボールがまだ空中にある間にドラゴンの審判さんが器用に笛を吹き、そのまま空中の球体を爪で掴んだ。前半終了だ。俺は笛の音がまだ空に漂っている間に芝生の上に駆け出し、ピッチの角を大きくショートカットしてシャマーさんの元へ向かう。
「どうですか!?」
『シャマーの負傷はどう!? 後半に間に合う?』
何も言わずともナリンさんは共に走り俺の言葉を通訳してくれた。いつか礼を言わねば、と心に記しつつ様子を伺う。
「うわ……」
スパイクを脱がされたシャマーさんの足首は大きく腫れ、いつもの倍くらいに膨れ上がっている。そしてまだピッチに横たわったままの顔は苦悶に歪んでおり、その目は俺の顔を認識しても軽口一つ叩かなかった。
「骨はいってなさそうですが、治療魔法をかけても後半は無理そうとのことであります……」
「そうですか。とりあえず万全の治療を! 早く運びましょう!」
俺はそう言って医療班が持ち込んでいた担架の端を掴み、シャマーさんの身体のすぐ横へ並べる。そしてごめん、と囁きつつ彼女の肩に手を差し込み動かそう……としてその手を掴まれた。
『なに……やってんのショーちゃん。みんなが……指示を……待ってるでしょ? 早く更衣……室へ行って……』
「え?」
ドーンエルフは痛みに食いしばる歯の隙間から途切れ途切れに何かを言い、更に数言付け足した。デイエルフのコーチはその言葉を通訳するのに躊躇っていたが、キャプテンに促され辛そうな声で語り出す。
「自分は良いから早くチームに指示を出してこいと」
「いや、それはそうだけど……」
「今回のケースなら着替え中に入る良い口実になる、とも」
ナリンさんが目に涙を浮かべ、しかし口元は微妙に笑いながらそう告げた。
「なっ! 馬鹿! ……分かったよ」
美貌のコーチの複雑な表情と気持ちが一発で分かった。と同時にキャプテンの想いもだ。
「行ってくる。まあ更衣室は後だけど」
俺はそう言いながらシャマーさんの視線を追い、その意図を読んで彼女の腕からキャプテンマークを外した。
「これを彼女へ渡してからになるしね。じゃあしっかり治療して」
ナリンさんに幾つかの指示を出して、俺は彼女と分かれて別のルートを走る。彼女はロッカールームへ、俺は控え選手のウォーミングアップルームだ。
「見てた。行けるよ。どっち?」
中へ入ってきた俺の顔を一瞥してリーシャさんがそう言う。そっか、別のモニターがある部屋で状況は把握済みか。
「TOPに入って貰うよ。ビア選手がついてくると思う。なるべくスペースでボールを受けて」
彼女とアイラさんをそれぞれ利き足のワイドに置き、センタリングを徹底して入れまくる方法もなくはない。しかしセンターにいるのがタッキさんだけでは心許ないし、ミノタウロスとは違う意味で視野が広い――あちらは目の位置が良く、ゴルルグ族は単純に頭と目の数が多い――蛇人にはサイドからのクロスはあまり有効ではなだろう。
であるならばリーシャさんにはゴールに近い場所で動き回り、或いはパスのターゲットになって貰う方が良さそうだった。
「45分、我慢できなくて危なかったらいつでも言ってくださいねリーシャ姉様! エルエルも出ます!」
出る、ってどっちの意味だろう? とちょっと不安になりつつも、力強く宣言するエルエルを俺は頼もしく思った。
「ありがとう、でも必要ない。90分でも走りきって、点を奪ってくる」
もっと頼もしい声でエルエルの先輩が言った。いやリーシャさんどう考えても90分は無いから! それだとアディショナルタイム45分くらいになるぞ!?
「そっか。じゃあもし交代するならこれを誰に渡すか? は決めなくて良いね」
だが俺は別の事を口にして、彼女にあるモノを渡した。
「そ、それは!」
リーシャさん自身よりユイノさんが先に驚きの声を上げる。
「そう、キャプテンマーク。試合が終わるまで着けてて、終わったらシャマーさんへ返して」
まさかこんな早くにリーシャさんへ託す事になるとは思っていなかったが、という気持ちは隠して俺は言った。
「こんな事態でもなければ渡さなかった、て顔してる」
「げ!」
隠せてなかった。
「そんな事ないよ!」
「そうです! リーシャ姉様、お似合いです!」
と、俺が何か墓穴を掘る前にユイノさんとエルエルが否定する。良いフォローだ、と思い両者の顔を見るが真剣だ。本心か!
「ふん、冗談よ。ロッカーアウトの号令は無しの方が良い?」
どっちでも良いけど? という表情でリーシャさんは軽く笑いながら俺に質問してきた。
「うん、それは他の選手にでもやって貰う。リーシャさんは先に出てここの芝生を確認して」
彼女たちはずっとこの隔離エリアでしかアップをしていない。慣れぬ声かけをするよりも、このスタジアムの空気に慣れる事を優先した方が良いだろう。
「分かった。じゃあ……」
彼女は左腕――キャプテンマークを巻いた方の腕だ――を持ち上げ、握った左拳の甲を見せた。俺、ユイノさん、エルエルもそれに倣い互いの甲を軽く打ち合わせる。
「行こう。逆転しようぜ!」
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