第425話

 タッキさんの答えを聞いてから30分後。俺はナリンさんとダリオさんを連れてゴルルグ族のスタジアム『スネークピット』上層階の会議室にいた。時刻は夕刻。試合開始まではまだ数時間あり客は一人も入っていないが、窓から見下ろす遠景では既に準備を始めている運営スタッフ達の姿がある。

「どっちに転ぶか分からないですけど、中止になったら申し訳ないから早く来て欲しいですね」

 俺は甲斐甲斐しく働くゴルルグ族やゴブリンさん達――毎度のことながらゴブリンの運営スタッフはどこにでもいるな。排他的なグレートワームにすらいるのかよ――の姿を見ながら言った。

「ええ。ただ中止になっても既に彼ら彼女らの給金は発生していますが……」

 ダリオさんが苦笑しながら応える。本国のムルトさんから届いた『試合中止になった場合にこちらが負担しなければならない費用』はなかなかの額だった様で、エルフサッカードウ協会の会長としても気が重い感じだろう。

「(まあ最悪、一部は俺の収入から負担しますので)」

 俺はナリンさんに聞こえないよう、小声で協会会長へ伝える。何せ俺にはドラゴンさんの鱗――日本代表のユニフォームと引き替えに手に入れたモノだ――を売った時の収入がまだある。

「(そんな! それは申し訳ないです!)」

「(良いんですよ。ダリオさんの肩の荷は少しでも軽くしたいし)」

 彼女は姫様でもあって双肩には非常に重いものが乗っている。今の俺と同じくスーツに身を包んだダリオさんは、それを聞いて深く頭を下げた。 

 うむ、重そうだ。軽くしてあげたい。

「しかしショーキチ殿は目の付け所が違いますね」

 俺たちの会話が一段落したのを察してこちらはジャージ姿のナリンさんが声をかけてきた。目の付け所!? お辞儀した時にダリオさんの胸元に視線が行ったのに気づかれた!?

「いや、不可抗力と言うか……」

「確かに。自分で言うのも烏滸がましいですが、気位の高い我々エルフ族には思いつき難い発想です」

 俺が言い淀んでいる間にダリオさんが相づちを打った。いやエルフさんって高いと言うより胸が平たい女性が多い気が……。

「思いついても、相手がドワーフならエルフとしてのプライドで受け入れられなかったかもしれませんね」

 そう応えるナリンさんの言葉でようやく論点が見えた。なんだ、そっちか。

「相手に、ゴルルグ族に決断させるというのは」

「我々がどう、って?」

 ナリンさんの言葉に被せるように、今日の相手がドアを開けて入ってきた。ゴルルグ族の監督、マースさんとデュースさんとジョーさんだ。

「どうも。試合前にお呼び立てしてすみません」

 俺は取りあえず、真ん中のマースさんと目を合わせて頭を下げた。名前が三つあるので分かる通り、彼は三首のゴルルグ族さんだ。スーツでもなくジャージでもなく日本の着物をゆったりさせた様な衣服に身を包み――まあ首が三本も上から出るのだ。そういう服しか着れないよな――アシスタントコーチの類は連れていない。

 多頭タイプのゴルルグ族は例の種族ヒエラルキーで上位の個体が多く、一人でというか一個体で相談ができてしまうのであまり他者と話し合わないし助け合わない。その辺りが文明レベルが高くても突出できない種族の限界であり、サッカードウにおいても欠点だったりする。

「良いから早く話をしろ」

 向かって右の首が急かしたので意識が現実に戻った。この首は確かジョーさんだったかな?

「そうは言ってもまだ揃っておりません」

 ナリンさんがやや険のある顔で言い返す。珍しい。

「黙れ! お前には言っていない!」

 引き続きジョーさんが言葉を返す。荒事ではコイツがイニシアチブを取るのか。小説等で複数の人格を持つキャラなんかだとそういう役割分担あるよな。

「彼女はお前、ではなくナリンと言います。アローズの大事なコーチです。そういう態度はお辞め下さい」

 個人的にはそういうキャラとリアルで対面できて感激だったが、それはそれとしてナリンさんへの侮辱は許せないので俺は割って入った。

「なに!?」

「すみません、失礼しました。ナリン殿、謝罪致します。ショーキチ殿も」

 激昂するジョーさんを制する様に向かって左の首が前に入り、頭を下げた。こちらが最後のデュースさんか。普通の人間でこれだけ性格が違うと情緒不安定で怖いが、物理的に首と頭が三本あるとなんとなく飲み込めてしまうな。

 と言うか三本首で等身大の蛇人間と普通に話している段階で俺もだいぶおかしいからね! 異世界にも慣れてしまったなあ。

「立って睨み合っている必要もありませんから座りましょう。どうぞ」 

 ダリオさんがタイミングを読んで椅子を勧める。流石、外交も手慣れた王家の姫。

「うむ」

 マースさんが頷き示された椅子に座る。但しそこは上座ではない。そちらは最後の存在の為に空けているからだ。

 と言ってもその場に椅子は無く、大きく開け放たれた窓とベランダがあるのみだが。それだけスペースが必要という訳だ。

「あ、来ましたね」

 俺はその方向に大きな影を認めて呟いた。ダリオさんと共にそういう風景を迎えるのも三度目くらいだ。その現象が、俺の『異世界慣れ』を促進させたのは間違いないだろう。

「びゅーーーー!」

 という風と共にそれ、は舞い降りた。幸い、部屋の中に吹き飛ぶ紙や小物は無くナリンさんの長い黒髪が激しく舞う程度だ。それでもワイバーンのそれとは違う風圧と迫力に、俺は少し後ずさる。

「すまない待たせたな。全員、お揃いか?」

 低い声がゴルルグ族と似てはいるが遙かに大きい口から響く。その巨体は空飛ぶ爬虫類っぽいモノの王、ドラゴンだ。

 今日の審判を勤める予定のベノワさんが到着した。これで役者は揃った。俺たちの運命を決める話し合いが始まる。

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