第424話
「ショーキチ殿? 今、話せるでありますか?」
悩んでいると手元の魔法装置から声が聞こえた。ナリンさんだ。
「はい。どうしました?」
俺は魔法の手鏡を操作し自分の方へ向けた。ちょうどスマホでやるTV通話の様な形になる。遠距離、例えば国を越える距離だと水鏡が必要になるが、ホテル内と外のグランドだとこの規模の魔法で済むんだよな。
「中盤の並びがどうにも決めかねるでありまして……」
手鏡には困り眉のナリンさんの顔が写っていた。美人は悩む顔もサマになって良いな。とか言ってる場合じゃなかった。
「そうですか。あ、タッキさんもいるのでエルフ語でいきましょう」
俺は手鏡を少しずらし、蚊帳の外で退屈していたFWの顔をコーチに見せた。
「はい。でも良いのですか?」
「まあこっちが構成に悩んでぶっつけ本番で行くくらいですから、向こうだってどうして良いか分かりませんよ」
ナリンさんが気にしているのはゴルルグ族の盗聴の事で、俺はそれについてはもう気にしない事にしていた。理由は彼女へ告げた通りだ。
「では。でしたらタッキの意見も聞きましょう」
多言語を操るコーチは俺の言葉を聞いて素早く切り換え、ボードに書いたメンバー表を交えて説明を始めた。
本来であれば今日のシステムは1361。中盤に6名も選手がいる分厚い布陣だが、その内の2名はWB。左はルーナさん右はティアさんでそこは悩む部分ではない。強いて言えばWBがDFラインに吸収されて5バックになる事が多々で、
「じゃあなんでわざわざ3バックて言うねん?」
という疑問の方があるあるだ。
話が脱線した。今回、ナリンさんが悩んでいるのは残りの4名だ。この食中毒だかノロウィルスだかの騒ぎがなければ守備的なMFがエルエルとマイラさん、攻撃的なMFがエオンさんとアイラさん。ガンス族戦でも使用した台形でもフラットでもない正方形の4MFで、縦横のスペースを立ち位置で圧縮しプレスを行い易くする形でいく筈だった。
これは視野が広く――ゴルルグ族のMFにはアカサオの様な多頭のタイプが多く手分けして周辺を視る事ができる――ドリブルも巧みな相手中盤と戦うには合理的な選択だ。横を狭くした上で、反対サイドで浮くWBを利用し易いのもガンス族戦と同じ。だから全体で言えば違うのはFWを一枚減らし、DFを増やしただけ。少し安全重視へ振ったバージョンみたいなものだ。
ところが今回はエルエルとエオンさんが便器行き、もといベンチ行きで――駄目だ、実は俺この言い回しを気に入ってしまっている。間違っても実際に口にしない様に注意しよう――代わりはシャマーさんとアガサさん。運動量が自慢の若きボランチ、エルエルから老獪なシャマーさんへ。ダイナミックな動きが得意なアタッカー、エオンさんからパス出し地蔵のアガサさんへ。
それに加えて1TOPがスピード自慢の元WG、リーシャさんからワンタッチゴーラーのタッキさんへ。
……と代わるのは仕方ないが、プレイスタイルが違い過ぎる。
「そのままの正方形で行きますと中盤の底はシャマーとマイラで守備力展開力は問題ありません。しかし前のアガサはプレイの強度が低く動きの量も足りないので攻守に穴を空けそうです。何より彼女のパスは前方にたくさん選手がいて選択肢があってこそ生きるというもの。ではアガサを底にしますとシャマーかマイラが前に行きますが、彼女らは前の選手ではなく攻撃の期待値が低く、そう考えると形から変えて……」
「あーナリンさんストップストップ!」
俺は凄い早口で話すナリンさんを、申し訳ないながらも止めた。
「タッキさん、ついてきてる?」
「ンー……。あまりネ」
タッキさんは拳で側頭部をグリグリしながら答えた。やっぱり。看護に飛び回っても弱音一つ吐かなかった彼女だが、サッカードウの戦術的な話にはめっぽう弱い。普段は殆ど本能とモンクとしての能力でプレイしているからなあ。まあそこは長所でもあるけど。
「ごめんなさい、タッキ。でも大急ぎで決めないといけなくって」
「イインダヨー、ナリン。タッキも頑張るカラ!」
謝罪するナリンさんに笑顔で応えるタッキさん。美しい風景だ。き○ら辺りの緩い百合マンガを読んでいるような気分。ずっと眺めていたい。誰と誰のカップルが一番萌えるかだけを考えていたい。
そうは行かないが。
「あ、そっか!」
そんな不埒な自分の思考から、俺はある事に気がついた。
「どうしました?」
「考える方向を逆にしましょう。ダイレクトプレイってやつです」
しばしば誤解されるサッカー用語ってやつが久しぶりに登場だ。言葉の響き的にはワンタッチで、つまりトラップせず直接ダイレクトにボールを蹴るプレイと思いがちだが、実は違う。
本当はゴールに直結する、あるいは直結し易いプレイの事をそう呼ぶ。それはどんなプレイかって? そもそもゴールはフィールド中央前の方にある。だからバックパスや中盤のボール回しはそれではない。なるべく手早くゴール前にボールを送る。それがダイレクトプレイ。
ゴール前。つまり試合ではタッキさんがいる位置だ。
「率直に聞きましょう。タッキさんは誰に側にいて欲しいですか?」
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