第407話

「ほえ~」

 言われるまま中へ進み、俺は感嘆の声を漏らす。こちらもまた白壁の殺風景な部屋ではあるが、巨大な箱とそれに吸い込まれるベルトコンベアー、その向こうに座る別のゴルルグ族、幾つかの水晶球が埋め込まれたミノタウロスでも通れそうなゲート……といったモノが並んでいる。

 つまりほぼ、地球の空港の出入国ゲートの様な施設だ。あの箱もX線透過装置とかだろう。

「そちらへ……」

「荷物を置いてゲートをくぐるんですよね?」

 俺は先手を打って荷物を動くベルトの上へ置くと、自分の身体をチェックしてズボンの方のベルトのバックルに手を伸ばした。

「そう言えば『ゴルルグ族もまた種族全体が異世界からの漂流者かもしれない』とか言ってたなあ。あ、金属っぽい。外すか」

 いや文明科学レベルはひょっとしたら地球より上かもしれない。そう考えつつベルトを抜いて、ふと皆の視線に気付く。

「……なんすか?」

「それはこっちの台詞よショーちゃん。何で脱ぐの? もしかして今から蛇を小さくする? いくら私でもそれはちょっとー」

 珍しくシャマーさんが顔を赤く染めながら、それでも手を俺のズボンに伸ばそうとする。一方、ブレーナさんや台の向こうのゴルルグ族連中は小声で

「変態? 露出狂?」

と囁きあっていた。

「あれ? もしかしてこれ金属探知機じゃない?」

「これは変成術魔力検知機ですが……」

 俺がゲートを指して質問すると、ブレーナさんが舌を激しく出し入れしながら答えた。

「あ、そっか! 失礼!」

 そりゃそうだ! この世界、銃は無いし何かテロとかハイジャックとかするなら魔法だろうし、調べるなら偽装魔法で危険物を誤魔化してないかだよな! 恥っず!

「すみません! 勘違いしてました!」

 俺はシャマーさんの手からベルトを取り戻し、ズボンへ通しながら謝罪した。そしてシャマーさん、自分の順番でゲートをくぐり、俺たちのスーツから微弱な魔力が検出された――瞬間移動が安定する術式や魔法が込められているからだ――件について天才魔術師が何かの証明書を提出して説明を行い、奥へ進んで荷物を待った。

「あれ、片づけるのはこっちなのよねー」

 シャマーさんが入国審査官たちの手元で調べられている俺たちの手荷物を遠目に見ながら呟く。散々、怪しい動きをしてしまった当然の代償として鞄は開けられ中のモノは派手に散らかされていた。

「こっ、これは! ちょっと来なさい!」

 突如、何かを目にしたゴルルグ族の男性が血相を変えて――荷物を検査していたその蛇人は目の形が蛇なのと一部に鱗があるだけで顔も表情も比較的人間に近い。ゴルルグ族の多様性だな――叫び、俺たちを手招きした。

「何ですか? 別に何も怪しいモノは持ち込んでませんが? 貴重品とか最低限の着替えとかだけで」

 これは本当だ。代表チームとして必要なモノは全て先着している。

「これも君の着替えと言うのかね?」

 彼は片方の眉を上げながら、手袋に包まれた手でそれを摘み上げて言った。

「え? それは!?」

 それは可愛らしいピンクの下着だった。前に小さなリボンがついているベッタベタの。そう言えばパンツにリボンがついてるの、暗闇で履く時にどちらが前か分かるようにする為らしいね。なんで暗闇で履く必要があるのかは知らんけど!

「それは~その~」

 何故そんなモノが俺の鞄から!?

「あらもうショーちゃんったら! すみませーん、私の下着が夫の方の鞄に入ってたみたいでー」

 冷や汗を流し固まる俺の隣で、シャマーさんが助け船を出した。頼りになるキャプテンだ!

「なるほど奥様。しかし残念ながら、その言葉を信じるのは難しいですな」

 先ほどと逆の眉毛を上げ、ゴルルグ族の男性は今度はブラジャーを摘み上げて俺たちへ見せた。

「「おう……」」

 俺とシャマーさんは共に口を「O(オー)」の形にして驚嘆の声を漏らした。

「大きい……」

「おっきいね……」

 大きいと言っても、エロ漫画のキャラとか爆乳で有名なグラビアアイドルさんとかがつけるような巨大さではない。

「あの子可愛いし胸も大きいよねー」

と密かに噂される高校のクラスメイトが着用する程度の、リアリティのある大きさだ。

「シャマーさんだったら片方に両胸、入るんじゃないですか?」

「うん、こうギュッギュ、とやってねー。てこらっ!」

 シャマーさんがオニギリを作るような手つきをした後、ペチンと俺の後頭部を叩いて突っ込んだ。やるやないか。

「コホン! 少なくとも奥様のモノでは無いようですが?」

 シャマーさんのノリツッコミを内心で称賛していた俺に、男性が声をかける。

「えっと、確かに、その」

「だとしてもそれが何か違反ですか?」

 何と言って良いか分からない俺の代わりにシャマーさんが返答する。

「ではこれは?」

 すかさず、審査官が別のモノを取り出し台に置いた。

「ぎゃあーーー!」

 俺は叫びつつ思わず目を反らす。それは透明な瓶いっぱいに詰まった、黒光りしてカサカサ物音を立てる虫――ブルマン蟲――の大群だった。

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