第406話

 結局、ギリギリまで貯まっていた雑務を処理しグレートワームへ移動するのは試合前日の朝となった。

「ほな、きいつけてな。これ、暇な時にいただいてー」

 王城のテレポート発着場でお土産が入ったらしい袋を手渡しながら、レイさんがそう言う。

「ありがとう、レイさん。ダリオさんもお達者で」

 魔法陣にはエルフサッカードウ協会会長として見送りに来たダリオさん、そしてレイさんもいた。姫様は公務で遠征に参加できないのでせめて会長としての激励を、レイさんは俺を心配して無理矢理でも付いてくると主張したのを宥めて、ならばせめてテレポート直前まで壮行を、という流れからである。

「ええ。ショウキチ殿もご安全に。シャマー、手抜かりはないように」

「大丈夫だよー。お土産は勝ち点3で良いよね?」

 ダリオさんに念を押されたシャマーさんはアウェイへ向かうサポーター同士の挨拶の様な言葉を返した。

「じゃあ、そろそろ」

 見送るのは2名、見送られるのも俺とシャマーさんの2名だけだ。直前になったので代表チームのスタッフ――外交官特権に近い恩恵を得られるがその申請は非常に面倒くさい――としてではなく、一般旅行客として俺たちだけで向かう。

「はーい! じゃあ詠唱始めるから下がってー」

 シャマーさんがそう宣言し、王家の正式な姫であるダリオさんと高校ではオタサーの姫みたいになっているレイさん、二名の姫が後ろへ下がった。

 魔法陣が光を発し、俺たちを包み始める。

「そちらもがんばって下さいね!」

「ショー……チにいさん……たら感想……てなー!」

 呪文が完成する直前、レイさんが何か叫んだ。その言葉を明確に認識できないまま、俺の周囲は真っ白に染まった。



「はい、到着ー」

 いつもと同じような感覚といつもと同じシャマーさんの声がして、瞬間移動の魔法は今回も無事に終了した。

「はあ~~。これ慣れる事あるんですかね?」

 俺はテレポートの度に感じる恐怖を訴えながら恐る恐る目を開け、まずは自分の全身を見渡す。手足は増えても減ってもいないし、体毛や羽根や触手が増えてもいない。そーっと股間の様子も伺うが、性別が反転したりもしていないようだ。

「ショーちゃんは恐がりね。私は頻繁に飛んだり、アレしたりしてるけど事故なんて殆どないよー」

 シャマーさんはそう言いながら近寄り、俺の視線を追って股間を凝視する。

「アレって何ですか? てか見ないで下さい!」

「えーだって瞬間移動による勃起症状とかあれば知りたいしー」

「ありませんし女の子が勃起とか言うんじゃありません!」

 俺がそう叫ぶと同時に、部屋の両開きのドアが自動で開いた。今更ではあるが、瞬間移動した先の部屋は魔法陣以外何もない白い壁のドームだ。

「ぼっ……何を言っているのですか!?」

 そこに現れたのは警官の様な制服を来た、二足歩行する両手両足のある人間大の蛇だった。

「い、いえ! 何でもないです! アナタは?」

「入国管理官のブレーナです。貴方たちは本日ゼロハチマルマル到着予定のショーキチ様とシャマー様ご夫妻ですね?」

「えっ? 違います!」

「そーでーす!」

 シャマーさんがそう言いながら俺と腕を組み応えると、ブレーナさんとやらはアイシャドウが引かれた目を大きくパチクリと見開いた。

 驚いた事にその蛇、ゴルルグ族のブレーナさんは女性の税関員的存在の様だ。そしてあまり驚かない事に、シャマーさんは俺たちを夫婦として登録していた様だった。

「どちらなんです?」

「ちょっと待って下さい」

 俺はブレーナさんに詫びを入れて少し後ろに下がると、シャマーさんに囁いた。

「(シャマーさんまた勝手なことを……)」

「(ごめーん! でもその方が審査とか早いのよー)」

 本当だろうか? と疑いの目でシャマーさんの顔を見るも、彼女のニコニコとした笑顔は微塵も崩れなかった。ここであれこれ言うのも時間の無駄だな。

「すみません、夫婦です」

「分かりました。ではこちらへ」

 ゴルルグ族の女性は舌打ちし――たように聞こえたが、恐らく実際は蛇としての舌の構造からからそう聞こえただけと思いたい――ながらそう言い、先に立って歩き出した。

「ショーちゃん、入国審査が始まるまでに蛇を抑えてね?」

 ドームと同じく真っ白で味気ない廊下を進みながらシャマーさんが囁いてきた。

「蛇をおさ……なんですか?」

 蛇を押さえる? ゴルルグ族を制圧して強行突破するのか? 俺が訊ね返すと、キャプテンはまた例の部分を指さして言う。

「装置で身体の隅々まで調べられるからさー。小さくしておかないと、凶器と見做されて没収されちゃうかもよー?」

 蛇って股間の事かい!

「そんなに危なくないしそもそもおっきくなってません!」

 テレポートの度におっきくなってたらこの商売大変やないかい!

「ご静粛に!」

 騒ぎを聞いた文字通り蛇の囁きのような声でブレーナさんが俺たちを咎めた。

「すみません……」

「分かれば宜しい。で、ご夫婦ということでしたら、どうぞこちらへ」

 税関職員さんは幾つか並んだドアの一つを開き、中へ俺たちを誘導した。そしてその中の風景を見て、俺は大いに驚かされる事となる。

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