第402話
「出してくれ!」
言っても叶わないだろうが、俺は監獄の冷たい檻にしがみつき外へ向かって叫んだ。
「……ふん」
鉄の枠と同じくらい冷たい、蛇の様な目で獄吏が俺を睨み吐き捨てる。
「お前のような人間にはそこがお似合いだ。よく冷えた床に座って破廉恥な己を悔やむが良い。おおっと!」
そう言うと獄吏は両手を伸ばし俺の首からは翻訳アミュレットを、胸ポケットからは眼鏡を奪い取った。
「これらからは魔力値を検出しているな。没収しておこう」
その手に首飾りがあるからか、マジックアイテムの力でまだ彼の言葉は理解できた。だがこの先、俺の言葉は通じない様になるだろう。あとそれらの魔力を感知して、誰かが助けにくる可能性も無くなる。
「待ってくれ! 違うんだ! あれは俺ではなくレ……」
レイさんが仕向けた事だ、と口にしかけて慌てて言葉を切る。例え事実だとしても、彼女のせいにするのは大人として情けない。
「あれは……俺がキチンとしてなかったからだ……」
そう呟いたがもう言葉は通じないし届かない。俺は床に胡座をかき、ここ数日の事を思い返していた……。
教室を離れた俺たちは、空いた部屋へ入ってこの後の作戦を改めて確認していた。次は休み時間の様子を見る訳だが、転校予定の生徒の父母がそんな時間に教室へ来るのは不自然だ。
そこで校長が用事でポリンさんを呼びに行き、俺たち夫婦はそれに付き添って入室、校長と委員長が用事を済ませている間に中で時間を潰す……という流れだ。
これだと自然にその場にいられるし、ポリンさんをレイさんから引き離す事もできる。なぜ分離策をとるかと言うと、彼女たちはアローズの未来を担うヤングプレイヤー同士というだけではなくいまや親友同士でもあり、仮にレイさんが不良になっているとしても真面目なポリンさんの前では猫を被っている可能性があるからだ。
「じゃあそれで行きましょう」
「そうだな! ……ザマス。あら? この曲は?」
打ち合わせを終えて歩き出してすぐ、ステフが何かに気付いた。それに遅れること数歩、俺にも微かに音楽のようなモノが聞こえてきた。
「ああ、これですか」
清掃時間に放送部がかけてくれる曲かな? と懐かしく思う俺にナモリンさんが苦笑混じりに告げる。
「テルとビッドです。レイより1学年上の上級生ですが、休み時間の度に彼女へ愛を囁く歌を捧げに来てるのですよ……」
「へぇ~。せっ、青春ですね……」
いや男子校出身の俺には無縁の青春だけど。俺もつられて苦笑しながら歩みを続け、そしてその風景を目にする事となった。
「おお~愛しのレイ~。俺の心に刺した目映い光線♪」
「ベイベ♪」
「冷たく見下ろす君の眼差し~。柔らかな俺のハートを串刺し♪」
「フォーリンラブ♪」
そこにはそんな歌を大声でがなりたてるエルフとドワーフの姿があった。片方は黒髪長髪で長身、もう片方は金髪縮れ毛で小柄。どちらもリュートっぽい楽器を跪く様な姿勢で奏でつつ、熱の篭もった視線をレイさんへ投げかけている。
俺は芸能方面に疎いが……歌も演奏も正直かなり酷い。聞いているこっちが赤面しそうだ。その前のレイさんがポリンさんと談笑しながら彼らを完全に無視しているのも当然というか、逆に凄い。
「ポリン、ちょっと良いかしら?」
同じくらい強い心を持った校長がそこへ歩み寄り、デイエルフの優等生へ声をかける。
「はい、何でしょう?」
そう答えすっと立ち上がったポリンさんの顔は以前よりぐっと大人びていて、レイさんとはまた違ったタイプの成長を伺わせた。
もともと従姉妹のナリンさんと同じく真面目で頭脳明晰なタイプではあったが、チームに衣食住を保証されながら高等教育を受ける事が彼女に良い影響を与えたのだろう。表情からおどおどした部分が減り、知性と自信が現れつつある。
「少し私の用事を手伝って貰っても良いかしら? 次の授業の先生には遅れる旨を伝えておきますから」
「分かりました。レイちゃん、じゃあね」
ポリンさんは親友に手を振りナモリンさんの隣へ来た。
「それではボーン様、リバー様、もう少しここでお待ち頂けますか? 宜しければ生徒たちと交流なさって」
「ええ、かまわないですぞ」
「それでしたらボーンさん、レイちゃんとお話したらどうですか? 彼女、お二方に凄く興味があると言ってましたので」
俺たちが打ち合わせ通りのやりとりをすると、ポリンちゃんが気を回しホスト役として友を薦めてきた。うう、性格は変わらず良い子だ……騙しているのが心苦しい。
「まあ! ご親切にどうもザマス」
護衛のミスを謝罪した事で、今月分の良心の呵責を使い切ったらしいステフはまったく動揺せず礼を述べる。
「ではでは……」
「失礼します」
ナモリンさんポリンさんが会釈をしてその場を去る。それを笑顔で見送って、ステフが俺に耳打ちした。
「(マジでレイちゃんの相手を頼む。アタシはあの餓鬼どもに用事がある)」
「(はっ!? なんで?)」
「(聞いたら分かるだろ? アイツらかなりの逸材だぞ? 対ハーピィ決戦兵器になるかもしれん)」
そうステフが指差す先では、テルとビッドという少年たちがまた別の曲を歌っていた。珍しいエルフとドワーフのコンビだが美しいのは種族を越えた友情の部分だけで、演奏もハモリも美とは遠くかけ離れたレベルだ。
「(たっ、確かに……)」
「(音楽室にでも案内して貰って、そこでこっそり音痴大会へのエントリーを持ちかけてみるわ!)」
「(分かった! じゃあ俺はレイさんに)」
と言ったものの何と話しかけたら良いものか……? と悩む間もなく、当のレイさんが立ち上がりこちらへ歩み寄ってきた。
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