第392話
「今回の件は俺とデニス老公会の間に不幸なすれ違いがありました。でも根本的に俺も彼らもパリスさんも、エルフサッカードウ代表を思って行動している。それは違いないじゃないですか?」
パリスさんが俺の拉致について果たした役割は大きい。しかし責任はそれと反比例して大きくない、と俺は思っている。
「もう真面目な話のターンなん?」
レイさんが空気読めよ、とばかりに割り込んだ。
「大丈夫、すぐ終わるから」
「ほんまに? まあ、待てるのが佳いおんなやけれど」
いや何の話? とか打ち合わせと違うやんけ! とも思ったが、俺は苦笑して話の続きに気持ちを切り替えることにした。ファンタジスタを完全に統制する事なんて出来ない。九十分に一、二度で良いから決定的なプレイをしてくれる事を祈ってピッチに送り出すのみ、とはファンタジスタを抱えてたある弱小チームの監督の心構えだ。
「どこまで話しましたっけ? まあいいや、要はパリスさんにもお兄さん達にも何の罪科もありませんので、この怪我を良い機会と思ってゆっくりして下さい」
「そんな! 監督、本当に良いのですか?」
「さっきからお兄さん言うてるけどショーキチにいさん、会ってんの?」
レイさんが再び割り込む。おい待てるのが佳いおんなちゃうんけ!
「うん、少しだけど。関係者に扮して俺を連れ去ったのがパリスさんのお兄さん達なんだ。見事な手際だったよ」
そうなのだ。ゴブリン戦後、祝福に訪れた家族を装って俺に近づき昏倒させて拉致したイケメンエルフの集団。アレは実は全員パリスさんのお兄さんたちだった。まあ知ったのはデニス老公会との間で手打ちが行われた後だけど。あと『家族を装って』も何も実の兄だけど。たぶん父親と言った方が通りが良かったからだろう。
「へー。じゃあパリスねえさん、こんど機会あったらお兄さんらにお願いして、ウチのところにもショーキチにいさん連れてきてくれへん? 意識はないけど、身体は反応するくらいの昏睡具合で」
いやなにが『じゃあ』でそれどんな昏睡具合なんだよ!
「分かったわ。レイさんの頼みなら」
でパリスさんも聞くんかい!
「あの、今回の件は不問ですけど普通に拉致は犯罪ですからね!」
エルフの皆さんに現代日本の倫理観を説くのもどうか? と思うが俺は言わずにはいられなかった。
「あとパリスさん。板挟みで事情が複雑だったし貴女は内側にため込むタイプだから難しかったと思いますが、今後はなるべく相談してくださいね? 誰か経由でも良いですから」
彼女は絶えず誰かの後ろについて歩いているエルフだ。自分の主張というのをなかなか出さないタイプだが、誰か経由なら言い易いかもしれない。
「はい。努力します」
パリスさんは今度こそ俺の目をしっかりと見てそう言った。その顔を見れば彼女が生半可な決意でそう言った訳ではないのが分かる。監督と選手とかそういう意味ではなく、大人の人間とエルフとしての関係で、だ。
「簡単に請け負ったらあかんで? もっと取引せんと! パリスねえさんからもなんか要求したり!」
レイさんが悪い顔をして助言(?)する。こちらには大人げなく、大人ではないエルフの姿があった。
「レイさんさあ……。あ、でも確かに要求があれば聞きたいです」
多少、呆れてしまったものの彼女の言う事にも一理ある。それにこういう状況だからこそ、パリスさんでも言い易いかもしれない。俺はレイさんと揃ってベッドの上の内気なデイエルフの顔を見た。
「え? あ、それじゃあ……。レイさんもっと私を見……監督、レイさんにもっと私を見るように言って下さい!」
パリスさんは少し考えた後、レイさんに直接言いかけ、途中から俺に方向転換してそう告げた。
「えっと……なんやて?」
途中まで自分の方に向いていた言葉が急に方向を変え、しかし中身はまだ自分の事を言われていてレイさんはやや混乱して聞いた。
「あー、そういう事か」
俺は当事者でなくしかも監督として俯瞰の目で見ているので、なんとなく察するものがあった。
「レイさんってSBのオーバーラップを囮に使って自分で中へ行くプレイが多いじゃないですか? もうちょっとパリスさんにもパスを出して欲しいって事ですよ」
レイさんとパリスさんの立ち位置は攻撃的MFとSBであり、司令塔――しばしば攻撃のタクト(指揮棒)を振る、と気取った表現をされる。オペラやオーケストラが盛んなヨーロッパが使い出した言い方だろう。知らんけど――と兵卒に近い関係だ。チームの約束事としてはサイドでレイさんがボールをキープした時はパリスさんがDFラインから走って追いつき追い越し、そこへパスを出すという事になっているが、ナイトエルフのファンタジスタには攻撃の全権が預けられておりアドリブで変更しても良い事になっている。
そしてレイさんはSBにパスを出すフェイントをかけてDFを釣ってから中にドリブルしたりシュートしたりするプレイが得意だ。それが成功すると彼女は喝采を浴びる。しかし囮に使われたSBに日の目が当たる事は……あまりない。
「もちろん、局面は個々の判断に委ねてますけど。無駄走りが多いと後ろも疲れるんですよ。ですよね?」
「違います」
「違うそうです」
パリスさんに即、否定され俺は訂正した。ドヤ顔で語った自分、めっちゃ恥ずかしいな!
「ほなどういう意味なん?」
レイさんが小首を傾げてパリスさんの顔をのぞき込むと、健気なSBは不意を突いてMFを抱き寄せその胸に顔を押しつけ叫んだ。
「わ、わたし、レイちゃんの事が推しなんです! レイちゃんが監督の事を好きなのは知ってますけど……私の事も見て下さい!」
それは完全に予想外の位置からの、DFの攻撃参加だった……。
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