第351話

 例によって準備をスタッフに任せ俺はナリンさんとピッチを確かめに行く事にした。余談だがゴブリンさんの試合運営はかなり手慣れたモノで口八丁手八丁、やかましく時に言い合いをしながらもてきぱきと準備を進めていった。確か他の種族の協会にもたいていイベントスタッフとして潜り込んでおり、以前から色々な場所で見かけている。

 試合経験の多さ、小回りの利く姿形、あとこう言っては失礼だが天性の小物感や手下感がそういった動きを支えているのだろう。

「うぉっ、と……」

 コンコースを出ると例の魔法無効化フィールドの感覚、そしてさっきまでスタジアム内部で見ていた時の数百倍のやかましさが俺を包んだ。

「凄い数……まさにこれこそかつて好敵手だった頃にアローズを苦しめた声援であります!」 

 ナリンさんもそう驚きの声を漏らす。今はチームも連敗中、まだ試合開始1時間前だが観客席には既にゴブリンさんたちがギッシリ鈴なりになっており、仲間同士で喋り酒を飲み歌いと大盛り上がりだ。

 こいつら今からそんなんで試合まで持つのか? エルフならとても……と思った所である事に気づきナリンさんに問う。

「こんな中ですけどアローズのサポーターさん達は来ているんですかね?」

「ええ、あちらに50名ほど来て下さっているであります! ジャックスさんも手を振っているでありますよ!」

 ナリンさんはさっと見渡して片方のゴール裏を指さした。いや今の一瞥で人数から個体まで見つけるなんてエルフの視力は異常だな。なかなか慣れないわ。

「ありがとうございます。ちょっと挨拶しに行きましょう。あ、ナリンさんは内側を通って下さい」

 俺は礼を言うとナリンさんの手を引いて彼女を観客席から遠い側へ動かし、歩き出した。

「はい、あ、ありがとうございますであります……」

 視力も、いや悲しいかな反射神経も俺の方が遙かに劣るが、彼女に危険な側を歩かせる訳にはいかない。

「ゴーブゴブ!」

「ゴブブブブ!」

 早速、移動する俺達を目敏く見つけた客達から声やゴミ屑などが投げつけられる。まあ言葉は分からないし飛距離も無いのでどっちも届かないけどね。

「「ブーブー!」」

 その様子に気づいたアローズのサポーター達がゴブリンさん達へブーイングを送り、状況を察した警備員達が双方の制止へ動く。

「ショーキチ殿、大丈夫でありますか!?」

「ふふん、良い感じですよ」

 俺はその騒動を見ながら鼻歌混じりに答えた。これ程度の騒動、海外の治安の悪いスタジアムの映像に比べればまだまだ可愛い位だ。スタジアム入りの時もそうだったが、悪意というよりちょっとからかってやるか? くらいの感じだし。

 と、そんな事を考える間にゴール裏に着く。

「カントク、お疲れサマデスー!」

 ゴール裏最前列から声をかけてきた男性のエルフがいる。日本語を猛勉強中のジャックスさんだ。地球のサポーターにも外国籍選手を応援する為にその国の言葉を覚える人はいるが、監督の国のとなると珍しい。

「生涯是研究」

のエルフならではだな。

「お疲れさまですー。ジャックスさんはチャプターから、ウォルスまで、直接来ましたか? それとも一度、王都へ、帰りましたか?」

 俺は語学初級者に話す時用の、短く簡潔な言葉使いで聞いた。地球で俺が働いていたコールセンターには外国人さんの顧客もおり、英語話者なら英語話者で担当のオペレーターさんがいるのだが、

「簡単なら日本語でおk」

なお客様の時はSVの俺が対応する事もあったのだ。

 どうでも良い余談だが日本語だとクロージング――この場合は締めの言葉くらいの意味だ――が

「本日はお問い合わせ誠にありがとうございました」

みたいな畏まったモノになる場合でも英語だと

「……サンキュウ」

になったりするよね。CAさんとかもそうだし。何か萌えるよね。(個人の感想です)

「エーット、アホウでナン日かアソんで、ソコからグリフォンでケサ!」 

 ジャックスさんは少し考えた後、ウォルスからそう遠くない観光地、ハーピィーの街の名前を挙げた。

え? アウェイで試合観戦して歓楽街へ移動して滞在して飛行機……じゃなかったグリフォンで当日着!? セレブのドラ息子め。なんかムカつく。(これも個人の感想です)

「アホウ良いですね! 遊んだ? どっち?」

「モウ、カントク! 女性もイル、イエませーん!」

 ジャックスさんは顔を真っ赤にしながら手で隠しつつ、わずかに首を縦に揺らす。あ、これはやりおったな? そして案外、悪いヤツじゃないな?(繰り返しますが個人の感想です)

「自分がいると言い難い内容でありますか? 席を外しますが?」

「いえそんな! あ、そろそろ行かなきゃ。また今度、話聞かせて!」

 良く分かってないらしいナリンさんが気を回してくれそうだったので急いで断り、俺はジャックスさんに手を振りその場を離れた。

「我々はアーロンからウォルスへ馬車で揺られて……でしたが、そうか、アホウからという手もありましたね」

「それはショーキチ殿も海沿いのリゾートで羽根を伸ばしたいからではありませんか?」

「違いますよ!」

 珍しくナリンさんがこちらをからかい、俺は顔を赤くして否定した。いや彼女はあっちの遊びの事を言っているのではないだろうが。

「今回はまだ精神的な疲れが出る時期ではありませんでしたが、次回以降なら可能性もあるでありますね」

 ナリンさんは宙に視線をさまよわせながら言った。おそらくスケジュールを思い浮かべているのだろう。この先まだまだリーグ戦が、そしてカップ戦の予選も待っている。どこかで場所とタイミングが合う事があるかもしれない。

「そうですね。あ、来た」

 ゴブリンの観衆が再び大きく騒ぎだした。両チームの選手がウォーミングアップの為に入場して来たのだ。

「では」

「ええ」

 ナリンさんは指導へ向かい、俺は相手チームのアップを見守る。もうリーグも4試合目、阿吽の呼吸だ。

 俺達はそれぞれの持ち場へと駆けて行った。

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