第350話

「おお、上がってるねー!」

 沿道に集まり騒ぐゴブリン達を見て、ステフが歓喜の声を上げた。

「防壁があるとは言え、ここからは警戒するように!」

 ナリンさんが車内の全員に声をかける。ステフさん、本来貴女が出すのは歓喜の声ではなくて、この注意喚起なんですよ? 護衛役なんだから。今回はナリンさんが代わりにやったけど。


 ガン! ガン!


 早速、飛んできた石やら何やらが車体に辺り轟音を響かせた。馬車の側面は地球の囚人護送車のように網格子で守られているが、それでもこの状況に慣れていない何名かが悲鳴を漏らす。

「ここの鉄格子の下の方にさ、横向きの溝を用意して、ゴブリンが張り付いて来たらチェンソーでこう……」

 ザバババッ、とステフが効果音を交えて横なぎにするジェスチャーを見せた。

「そんな事できるか! あとそれゾンビ映画で観たけど、酷い結果にしかならないから!」

 揺れる車内で焦ってチェンソーを使った場合に当然、起こるべき事を思い出して俺は身震いした。いやこの世界に無いけど。

「この区間は大して長くないからあとちょっとの辛抱だ! なーに、結婚式で親戚のおチビちゃん達が大挙して来た時ほどじゃないだろ?」

 後部座席の方からボナザさんが声をかけ何名かがつられて笑った。最後尾から声でチームを落ち着かせるGKらしい言動だ。ボナザさんナイス!

「あの、ショーキチ殿」

 しかしエルフでも冠婚葬祭の時とかに親戚がどっと来て子供達がうるさく騒ぐ、って現象あるんだな~俺はそのやかましい側までの経験しかないけど、と頷く俺にナリンさんが何やら慌てた様子で声をかける。

「どうしました?」

「ショーキチ殿は、その、えと、よくこの区間でお金を稼ぐことを思いつきましたね?」

 この区間、というのはスタジアム入りする選手をサポーター達が囲む今の付近の事だろう。因みに今更だがここまで来たら道は流石に整備され、揺れはましになっている。

「ああ、宣伝のノボリとか応援席の事ですね? 王城との行き来で運河を利用する事が多くて、たまたまですよ。アローズが使うルートはこのゴブリンのよりもずっと長いですし。でもマネタイズ、収益化とも地球では言うんですが、そういう考え方は非常に大事でして」

 そう解説を始めながら、やけに熱心にナリンさんが頷いている事に違和感を覚えて俺は口を止めた。

「どうしました? ショーキチ殿?」

 確かにナリンさんは俺がする様々な話をいつも熱心に聞いてくれる。それはそうなのだが、今はやけに演技臭い。何か別の事象から俺の関心を逸らす為のような……。

「はぁイ! エルフのねえちゃんたチ! 今日は覚悟しなヨ?」

「きゃああ!」

 ドンッ! という物音と不穏な声、そして選手たちの悲鳴が俺の思考を切り裂いた。見ると一匹のゴブリンが窓に張り付き、悪魔の様に下卑た声でシノメさんに話しかけていた。

「おい、そいつ蹴落とせ!」

「ほら! ショーキチやっぱり要るじゃんチェンソー!」

「この世界にチェンソーは無いしあっても使えないって!」

「任せるでござる!」

 車内が騒然となる中、ティアさんが乱暴な対処を提案しステフが無茶を言った。引き続きゴブリンに迫られるシノメさんが残念ながらムルトさんの方に抱きつき代わりに、そして唐突にリストさんの方が俺に近寄りネクタイを引っ張り出す。

「ちょ、リストさん何を引いて……」

「これ、スターターロープじゃないでござるか!?」

「そんなのでチェンソーは出ないし出たら問題ですから!」

 リストさんこの状況でそんな危険なボケをしないでくれ!

「やれやれだぴよ」

 そんな騒乱の渦中にあって、一羽冷静なグリフォンがいた。スワッグだ。車内モードで小型になっていたステフの相棒は器用に鉄格子に止まり隙間から羽根を差し出した。

「こしょこしょだぴい」

「やめロ! ひゃっひゃっひゃ、アーッ!」

 スワッグが伸ばした羽毛がそのゴブリンの脇をくすぐり、お騒がせの小鬼は悲鳴を上げて落ちていった。

「ありがとう、助かったよスワッグ! シノメさんも大丈夫でしたか?」

「はい、ドキドキしました……」

 俺に問われたシノメさんはデイエルフに珍しい大きく柔らかそうな胸を抑えて答えた。その風景を見てるとこっちもドキドキしてきて彼女が無事で何より、という思いと彼女を選んだあのゴブリンは良い趣味をしているな、という思いが交錯する。

「なあに、俺は無賃乗車が許せなかっただけぴよ」

「アイシー! こういうのねー」

 一方、スワッグは軽妙に返事しその様子を隣でツンカさんが興味深げに見ていた。何か参考になる所あった? ゴブリンの落とし方じゃないだろうし……スワッグの宇宙海賊コ○ラっぽい受け答えかな?

「みんな無事ですかー?」

 改めて車内を見渡したが、特に被害は無いようだった。その間にも馬車はもうスタジアムに入ろうとしている。確かに大した距離じゃなかったな。ボナザさんが言った通りだ。

 俺はふむふむと頷きながら馬車が降車場に止まるのを待った。

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