第296話

 試合前日。例によって公開練習を行う運びとなり寛大にも俺たちは後を譲られ午後からスタジアムへ向かう事となった。  

 が、『寛大にも』というのは選手にとってだけであり、インセクターの練習も見ておきたい俺やスカウト陣はやはり彼女らの練習に合わせて早起きし現地へ赴き、冒頭の公開部分だけ見てとっとと追い出され……という酷い扱いを受けるのである。

 じゃあ見に行かないのか? と言われてもそういう訳にもいかず。眠い目をこする俺とザックコーチ、人間とミノタウロスの雄のコンビで朝からストーンフォレストの記者席に座る羽目になって現在、である。

「うわ、思ったより足が速いっすね!」

 俺は練習のシャトルランで見事な走りを見せるバッタっぽい外見の選手を見ながら声を上げた。

「うむ。身体も大きいしWGに固定しているのが勿体ないくらいだな」

 ザックコーチも同意して頷く。『足の速さ』と一言でいっても練習場で記録計測時のモノ、生で見て実感するモノ、フィールドで相対した選手が実感するモノ全て違う。

「速いとは聞いていたがまさかあれほどとは……」

みたいなコメントがよく発生する理由だ。

「ウチがリーシャさんをFWに改造したまではいかなくても、もうちょっとプレイエリアの固定を和らげたら面白そうなもんですけどねえ」

「全くだ。ゴールは真ん中にあるのにな」

 ザックコーチはメモをとりながら、昔のバイエルンFCの様な事を言った。ミノタウロス代表も伝統的に3TOPのシステムで戦っているがWGが幅をとるような事はあまりなく、三者がケースバーケースで中に突入したりサイドを突破して雑な――失礼!――クロスを放り込んだりしている。

 だがインセクターチームの3TOPは完全にパターン通りに動いており、左右のWGは利き足に沿って配置されサイドをスピードで抜いてセンタリング、中央のカブトムシ型FWは真ん中から動かず左右や後方から配球されるボールをシュートする、という原則パターンから外れる事はほぼなかった。

 正直、インセクターはこの大陸のサッカードウチームでウチやノートリアスを除いて最も多様性のあるチームでありながら――例えばミノタウロス代表はラビンさんを追い出したいま全員が大きい似たような選手ばかりだし、ドワーフ代表に急に長身選手がいたりしないし――ポジションや行う事が完全に固定化された、融通の効かないチームである、というのはなかなか興味深い矛盾だ。

「あっちはトップスピードは無いが、クイックネスはあるな」

 そう言うザックコーチが指さすのは蜂っぽい虫さんで、ポジションは確かIHだ。インサイドハーフ、内側の真ん中半分の……と何の説明にもなっていない名前とは裏腹(?)に守備に攻撃にと忙しい位置であり、そういう意味では働き蜂さんが担うに相応しい役割と言える。

 その後もクワガタのCBは力強く、蜻蛉のSBは前後に速く、とイメージ通りの身体能力を見せ、なるほどこれはもともと将棋との親和性の高いと言われているサッカーの中でも特にその色が濃いな……と思っている間に練習の公開部分が終わった。


 終わった……筈であった。実際に警備に当たっている蟷螂の様なインセクターさんが報道陣を追い出し、コーチらしき蟻さんがピッチに線を引いたり駕籠を置いたり次の準備を始めている。

 だが、メインスタンド記者席に座る俺たちの元には来なかった。

「誰も来ませんね?」

「うむ。どうしたものか……」

 ここは忖度して俺たちが自主的にさっさと出て行くべきなんだろうか? ぐずぐずとここに居残る男二匹を見てどっかで

「ぶぶづけ出されたのにかえらへんとはきのきかんやからどすなあ」

って誰か笑っているんじゃないだろうか!?

「あ、あのー!」

 京都弁的被害妄想に襲われる俺であったがスタンドに見知った顔、ラメラさんの姿を見かけ救いを求めて声をかけた。

「どうしました、ショウキチ監督様? お飲物でもお持ちしましょうか?」

 お茶漬けぶぶづけは飲み物に入るんだろうか? というどうでもよい疑問をなんとか押さえつけ、俺はにこやかに対応してくれるコーディネーターさんに質問をする。

「公開部分が終わったみたいなんですけど、俺たちはどこから出れば良いですかね?」

 変な問い方だがこれは

「出て行かないといけないのは分かっているんです、ただ出口が分からないのでまだいるだけなんです」

ということを京都弁的にアピールしているのである。

「ああ、そうですのね」

 俺の言葉を聞くとラメラさんは少し意表を突かれたような顔をしながら応える。

「女王から、ショウキチ監督様には全ての練習を公開するように、と命じられております。お気兼ねなくご覧下さい」

「えっ!? 良いんですか?」

 聞いた事ないぞそんな厚遇! と驚きながら俺は訊ねた。

「はい。宜しければもう少し下へ移動なさいますか?」

「いや、結構です。それじゃあ……」

 ラメラさんの目の動きから、彼女が俺ではない誰かを思い浮かべながら応えた事、女王がなぜこんな待遇を許したのか? など気になる事は幾つかある。しかし次の練習はもう始まってしまっている。

 俺は彼女との会話を切り上げ、ザックコーチと目配せしながらもピッチへ目を向けた。

「(こういう例は?)」

「(今まで一度も無かったな)」

 ラメラさんが一礼して遠ざかってなお、念の為に小声で問う。

「(監督の方に心当たりは無いのか?)」

「(ないですね。まあいいや、俺は守備を見ます。ザックコーチは攻撃の方をチェックして下さい!)」

 事態が急変した時に『何故?』に気を取られ過ぎるのは危険だ。そんな事は後でゆっくり考える事にして『何をするか?』にフォーカスするべきだ。今は急に得た機会なので何の準備も無い。せめて見る所が被らないよう、俺はザックコーチに指示して目の前の事に集中する事にした……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る