第295話

「リストさんは……難しいっすね」

 俺はガニアさんに怒鳴られてションボリとするリストさんの姿を思い浮かべながら言った。

「確かにな。ファーで待ち構えるタイプだから理想と言えば理想ではあるのだが……」

「そうですね。彼女のスキル、身体能力の面では問題ありませんが……」 

 ザックコーチとナリンさんが言葉を濁し、ニャイアーコーチが続けた。

「バックドア側で静かに待っていられるタイプじゃないね」

「あーっ! そうじゃった……」

 やや鼻で笑うようなフェリダエの言葉にドワーフ娘は頭を抱えた。

「主に性格面っすね」

 そうである。リストさんは二面性の多いエルフだ。CFWの能力とCBの能力を併せ持つ、インドアなオタクなのに抜群の身体能力、スーパーゴールを決めるのに簡単なのを外す。

 そして……コミュ障なのに寂しがり屋。

「バックドア側に置いておくとエルフ恋しさ人恋しさにガニアの方まで寄っていくんじゃないかな?」

「確かに。変な娘じゃ」

 ニャイアーコーチとジノリコーチは容易に想像できる風景を話して頷き合った。

 うん、変だよね。でも自分で言っておいて何だけど『コミュ障なのに寂しがり屋』ってオタクに多いからさ! 気持ち分かるなあ。

「それで言うとリーシャやヨンも……ですよね」

 ナリンさんはやや難しそうに、眉間に皺を寄せながら言った。何か色っぽい表情だな……じゃなくて!

「そうですね。リーシャさんは広範囲に動く機動力、ヨンさんは守備や競り合いに体を張れる体力が持ち味です。バックドア側で消えていては持ち味が生きない」

 俺はナリンさんに同調していった。リーシャさんヨンさんならまだ指示通りに孤立している側――アイソレーションとも言う。何でサッカーってわざわざ長い言葉で言い換えを、と何度もしてきたツッコミをしたくなるがこのアイソレーションという言葉や概念は他のスポーツでも割と使う。良かったね!――で待ってくれるとは思うが、若いだけに我慢がどれくらい持つかは分からない。

「となると、ザック君推薦のダリオじゃな?」

「なに!? あ、そうだ俺が推薦したのだった! うむ、彼女なら戦術理解度も高いし、辛抱も効く」

 ザックコーチの言葉で、俺はレブロン王の暴挙を目にしても「押忍」の精神で耐えるダリオ姫の姿を思い出した。

「姫ならこちらの意図を100%、汲んでくれますしね!」

 ナリンさんも同意して頷く。そう、ダリオさんはテクニック、スピードどれも一級品だが何よりもサッカーIQが高い。

 いやこの『サッカーIQ』て言葉もくせ者だけど。サッカー関係について頭が良い、って事をぼんやりと言っているに過ぎないのに、なんとなく説明できた気になってしまう危険な言葉だ。

 もう少し具体的に『相手が利用したいスペースを見抜ける』とか『スローダウンすべき時が分かる』とか、今回の彼女の場合の様に『戦術の意図をかみ砕いて理解し、臨機応変に対応できる』とか言った方が良いのだ。 

 余談ついでにさっき俺が脳内で突っ込んだ『長い言葉で言い換える』もそれだ。実はその方が具体的にイメージできるから、というケースもある。なぜならイメージの共有と言うのは非常に大事で、コーチが指示した『裏のスペース』と聞いた選手が想像した『裏のスペース』が違っていたりすると問題が起きるからだ。

 なので間違いにくく、現実的に想像し易い言葉で言い換えるという作業がコーチングにおいては非常に大事だったりする。……て実際は格好良いから、で言ってるケースも多いだろうけど。

「ただ問題は彼女が潜んでいられるか? 何ですけどね」

 俺は一国の姫で容姿端麗で魔術の達人で、10番で元キャプテンでパスもドリブルもできて、ユニフォーム姿よりも布面積の多いスーツ等を着ている時の方が色気が滲み出す、ダリオさんの姿を思い出しながら言った。

「むっ、難しそうだよね……彼女、派手だし」

 ニャイアーコーチが鼻を掻きながら言う。ナリンさん一筋の彼女ではあるが、ダリオさんの美しさ色っぽさは認める所らしい。

「潜むも何も昨シーズン、カイヤ君が控えに回った以降は『ダリオ選手を、いやダリオ選手だけを如何に止めるか』が実質、エルフ代表攻略法だったからなあ」

 ジノリコーチがそう言うとザックコーチも同意して首を縦に振り、ナリンさんは悔しそうな、でもそれを隠したいような……という複雑な表情になった。

「まあ以前とは違う、って事を見せつける機会になりますよ。アローズもダリオさんも」

 俺は気付かれないようにナリンさんにウインクを寄越しながら続ける。

「今の俺たちはダリオさん頼みのチームじゃないから彼女に守備が寄れば余所から破れますし、あ、あとそれに……」

 ふと、眼鏡屋さんで見たダリオさんの変装を思い出す。

「お姫様、て生物いきものは裏口を使うのが上手いんですよ」

 アレはアレで眼鏡姿のちょー色っぽいお姉さん、として逆に目立ってたよなあ? と思いつつも今度は全員に見えるようにウインクを送る。

「まあ、おぬしがそう言うなら……」

 そんな俺の余裕綽々な態度でなんとなく皆が同意し、コーチ会議は終了する流れとなった。

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