第293話
俺がユイノさんをFWからGKへ
だがその上でもなお、まだ新しいGK像というのがはっきりとイメージできないらしい。まあ考えてみればミノタウロスチームは最も保守的なサッカードウをやっていたチームだしなあ。
「そこなんですが……まずインセクターの強みは状況に応じて巧みにシステムを変更し、並び方で数的優位を確保する所にあります」
未来像というのはおいおい理解して頂くとして、俺はとりあえず直近のインセクター戦において有効だから、という線で納得させる方向で行く事にする。
「ただそれは『互いのFPが10人同士である』という計算あってのモノです。もしこちらのGKがFPとしても数えられるなら、その大前提を崩す事が可能です」
ただこれはどちら側に立っても『言うは易し行うは難し』な案件ではあるが。インセクターとしては高度な戦術眼とチームの意思統一が必要だし、俺たちはGKをゴール前から離れさせる勇気とパスミス等を犯さない技術判断力が要求される。
「ふーむ。なるほど、ショーキチ監督は信頼しておるのだな。自分のチームも相手のチームも」
俺の言葉を聞いたザックコーチはしばらく考え込んだ後、その大きな鼻孔から大きく空気を吐き出して言った。
「もちろん、選手とそれを鍛えてくれているコーチ陣を信頼してますよ。って相手もですか!?」
ビシッと格好良い事を言ってこの話題を締めようとしていた俺であったが、ミノタウロスさんの最後の言葉が引っかかった。
「ああ。普段から対戦相手の事を分析し戦術や心理を見抜いているのは感心しながら見ておるが……今回は特に、相手のやり方について非常に強い信頼感があるな、と」
そう言われてみて、俺たち全員はきょとんとした顔になった。
「相手のやり方へ、ですか」
この中ではザックコーチだけが監督経験者だ。元が素人の新米監督や補佐の立場でしかないコーチ達と違って、彼には集団の長として人物を見てきた経歴がある。それに、俺の何かが引っかかったのだろう。
「まあ強い個性や武器を持たないチームが、知恵と勇気を振り絞って強敵を倒す……て部分に共感があるのかもしれないですけど」
「ふむ。そうでもないか、或いはそうかな? いや、何でもない! 気にせず次の議題へ行ってくれ」
ザックコーチは少し悩んだ後、申し訳なさそうに言った。たぶん歴戦の監督としての勘が何かを告げている、しかし言語化はできない、といったところだろう。これは今つついても無理だな。
「分かりました。では右サイドについてですが」
俺はそう言いながらある選手の映像を魔法の鏡へ写した。映像の中で、その選手は縦横無尽にグランドを走り果敢なドリブル突破とクロスを何度も見せていた。
「エルエルですか。最近、良くやっていますね」
画面に映った小柄なWGを見てナリンさんが相好を崩した。
「ええ、まだ結果は出ていませんが、サブ組の中では最も意欲的にトレーニングと試合に入り込めています」
彼女に注目しているのはシャマーさんだけではなかった。俺もジノリコーチもエルエルの素直で元気いっぱいの所を評価しているし、昨シーズンから若いデイエルフの練習姿勢を見守り成長を支えてきたナリンさんにとっては我が子を褒められた様な想いだろう。
「エルエルは運動量も多いし、ゾーンプレスを学んでからは守備の力もつけてきています。試合終盤に出てきてチームを助けてくれるのは非常にありがたい。ありがたいのですが……」
「もしかして、スタメンとして使いたいと言うのか? じゃが何処にじゃ? アイラを右で使うのはオーバーロードの仕掛けの一つじゃぞ?」
俺の言葉を聞いてジノリコーチがやや慌てて口を挟んだ。
「いえ、そこは崩しません。考えているのはティアさんの所です」
「右SBに!?」
不安にさせるのは良くないので、ジノリコーチの準備を邪魔するつもりはさらさら無い事をまず伝え、それから説明を行う。
「一度、彼女の攻守の機動力を試合開始から使ってみたいんですよ。エルエルなら倒れるまで走ってくれるし、ティアさんも休ませたいし」
他のポジションと同様にSBにも様々なタイプがいる。例えば同じ攻撃的なSBでもルーナさんはスペースの女王タイプで広い空間に爆発的なスプリント――爆走とかダッシュの意味だ。これまた文字数が増えるのにサッカーでは何で言い換えるんだろうね?――で突入し、フィニッシュまで行うタイプ。ティアさんは対面の左WGなり左SBなりと駆け引きを行い、或いは守備で痛めつけてから悠々と攻め上がりアシストを狙う選手。
そんな中でもしエルエルをSBとして使えるのであれば、試合開始から最後まで対面の選手とバチバチとやりあい相手をスタミナ切れに追い込むタイプになるであろう。
「確かにビハインドの状況で彼女がSBに入る展開は去年もありました。しかし練習もしていない状態でそれも頭からとなると……」
「守備の穴になってしまうのではないか? しかも相手はそういう部分を確実に突いてくるタイプじゃぞ?」
ナリンさんにジノリコーチ、攻守のブレインに否定されてしまったか。うんまあ色々と言ったけど発端は
「エルエルの適正ポジションは実は右WG以外ではないか?」
という俺の漠然とした勘だからなあ。
「そうですねえ。じゃあ今回は辞めで!」
元の根拠が薄かった事、それに向けての練習をしてきた訳ではない事などもあって俺は提案を引き下げることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます