第292話

 インセクターの王国の首都『チャプター』は大半が地中にあり、そういう意味ではドワーフ王国の都『サンア・ラモ』と似てはいる。だが建築様式は大きく違った。

 ドワーフが岩の堅牢さとそれに刻まれた繊細な彫刻に美意識を感じるのであらば、インセクターは固められた土と幾何学的に広がる通路や居住区に美を……感じているのか? そもそも彼ら彼女らは美意識とかあるのか? という印象だった。

 確かに街は良く整頓され極めて機能的――街の維持清掃にもそれ専用の階級層がいるらしい――だし、都市の中央の空間に向けて等間隔に開けられた窓が並ぶ様は、SFに出てくるスペースコロニーの様に壮観だ。

 だがそんな街並みに唐突に現れる緑あふれる公園や近代芸術な石像は、人間のフリをしたロボットが部屋に一本だけ飾る花瓶の花的な不気味さがある。

 本当は自分たちには必要ないのに、観光客とか外交相手とか誰かの為に仕方なく置いてますよ……みたいな。

 この圧倒的に他の種族と違う個性を貫いている、しかし完全に他者に対して無関心でもない、という部分が読めない所だ。それがサッカードウではどう出てくるか? と悩む間に俺たちは宿舎へ着いた。


 宿舎として紹介されたのは普通にヨーロッパの観光地で見るタイプの家屋で、カプセルホテルの様なモノを想像していた俺はかなり拍子抜けした。だがこの言われなき失望を口にできる相手はおらず――ステフとスワッグは例のVVV作戦の為に早々に宿を飛び出していった――かと言ってぶらりと外を歩いて一緒に異国情緒を楽しむレイさんみたいな相手もいない。ナイトエルフの二名はさっさとコンビだけで出て行ったし、その他のエルフはいまさらインセクターの街に驚いたりしないからだ。

 仕方なく俺はいつもより入念に資料をまとめてコーチ会議へ赴く事にした。


「今回は議題が三つあるんですが……」

 俺はミーティング用に押さえた食堂に資料を並べ、コーチ陣を見渡しながら言った。

「ふむ」

「今回も、じゃろうな」

 ザックコーチが重厚に頷き、ジノリコーチはからかうように応える。

「なんすか、今回も、って?」

「お主、基本的に毎回、要点を三つにまとめるタイプじゃろが」

 なんだそれ? という顔で周囲を見渡すと残りのニャイアーコーチも、ナリンさんも一緒になって頷く。

「え? そうだったっすか?」

「自覚なかったのですか!?」

 これはナリンさんだ。珍しく大きな声で驚いている。

「ええ。俺、そんなワンパターン馬鹿の一つ覚えだったかな?」

「いやいや初めてお会いした時も、視察旅行の間もずっと……」

 ナリンさんは驚きで顔を赤くしながら口ごもった。

「あーSVやっててテクニックとしてそういうのを叩き込まれたというのはあったかなかったか……」

「旅行の話はもういいだろ! 早く会議を始めよう!」

 苛立った声でニャイアーコーチが割って入る。そうだな、別にどうでも良い話だ。

「えっと、GK、右サイド、バックドアの三点ですが、先ずはGKからいきましょうか」

 ちょうどニャイアーコーチが口を開いた所だしな。俺がそう言うとコーチ陣はみな、同意するように首を縦に振った。

「一度、ここでユイノさんを試運転してみたいと思っています。理由は三つ」

 と、改めて「毎回、要点を三つにまとめるタイプ」と言われると話し難いな! でも仕方なく進めるぞ!

「一つ、インセクターはそれほど攻撃的なチームではなく、シュート技術も左程ありません。二つ、インセクターの布陣はGKのビルドアップまでは考慮に入れてない可能性が高いので、そこを突きたい。三つ目ですが……」

 俺はそう言いながら、魔法の鏡に日程表を表示させた。

「この後、ゴブリン、トロール、ゴルルグ族……とやっかいな相手が続きます。しばらくはユイノさんの手番は無いでしょう」

 と言うのは希望的観測で、ドワーフの時のように負傷交代という可能性はあるんだけどな。

「確かにFKの名手クレイ選手がいるゴブリン、劣勢が予想されるトロール、くせ者のゴルルグ族相手にユイノ君は使い難いのう……」

 真っ先に俺に同意したのはジノリコーチだ。守備戦術担当、という事もあるが昨シーズン彼女が指導したドワーフチームは6位。がっつり真ん中である。フェリダエやミノタウロスよりも弱小チーム――我らがエルフ代表の事だよ!――への理解度は高い。

「トロールやゴルルグは兎も角、ゴブリン相手でもかい? 最悪、僕がベンチから壁についての助言をするけど?」

 案の定、次はニャイアーコーチが割と舐めた感じの異論を挟んだ。いやあんたの元チーム、開幕戦で圧勝はしたけど3点穫られているやんけ! しかも1点はそのクレイ選手の直接FKやぞ?

「ゴブリンのスタジアムの騒音は想像以上よ? ニャイアーの声も届かないかもしれないわ。自分はショーキチ殿に同意です。一度、ここでユイノさんを使っておいて、後はボナザで安全に行きたい」

 俺と一緒にゴブリンの観客の騒音……以上のモノを体験したナリンさんが助言をしてくれた。あの時の様にゴブリンのサポーターが大声を発し、衣服を脱いで振り回した場合、ユイノさんはどれだけ心惑わされるだろう? 案外、楽しんだりして。

「騒音か! そりゃ嫌だにゃあ」

 ニャイアーコーチは耳を下げて言った。となると後はザックコーチだが?

「インセクターのシュート技術や今後の対戦相手については了解だ。だがビルドアップ重視でGKを選択するというのがまだちょっとなあ」

 ザックコーチがやや申し訳なさそうに疑問を口にした。

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