第267話
ここまでフィジカル、戦術面においても対ガンス族を意識したメニューを決めてある。その上で更に特別な対策を行うと言うのであれば、よほど特殊なモノを披露せざるを得ない。
「ガンス族戦には……擬似カウンターを仕込んでいこうと思います」
俺はたっぷり溜めた後で、ドヤ顔でそう言った。
「擬似カウンターじゃと?」
「何なのだ、それは?」
期待通り質問してくれるジノリコーチとザックコーチに心の中で感謝しつつ、俺は
「相手が我々のように前からプレスをかけてきた時にですね、上手く自陣に引き込んで更に奥に連れ込んだ上でそのプレスを回避し、空いたスペースを使って事実上カウンターのように攻める手段です」
そう説明する間に映像の中では必死にボールを追ったガンス族のFW及びMFがトロールDFからボールを奪えず、ぽっかり空いた中盤にパスを通されそこからフェリダエのMFが独走し逆襲を浴びる……というシーンが流れていた。
「これはまあトロールDFとフェリダエMFの個人技で偶然、成り立ったようなものなんですけど。前からのプレスを誘い込んで構造的に回避して、相手の前線と後方にスペースを作って一気に前にパスを送って、こっちがボールを保持しているのにまるで速攻の様に攻めてしまえる、って戦術がありまして」
実際にはカウンターではないのだが結果としてカウンター攻撃の様に見える。故に『擬似』カウンターなのだ。
「ほー。面白いものだね。ニャリンは知っていたのかい?」
「ええ、旅の途中でショーキチ殿から話題としては聞いていたわ。でも実物を映像で見るのは初めて」
旅の途中で、という単語を聞いてニャイアーコーチがやや剣呑な表情になった。嫉妬深いGKコーチがこれ以上危険な感情になってしまう前に俺は話を続ける。
「そもそもの前提として相手が前からプレスをかけて来る様なチームでないと成立しない戦術なんで、これまでは選択肢になかったんです。でもガンス族相手なら狙えます!」
まさか
「なるほどなあ。しかし今回は見送りで良いのではないか?」
「そうですね、習熟に時間もかかりそうですし」
「じゃが話としては面白かったぞ。また暇な時に教えて欲しいのう!」
ミノタウロス、エルフ、ドワーフのコーチ達がまるで申し合わせたかのように否定的な意見を述べる。
「ええっ!? 確かに簡単ではないですけど……そんなに魅力的じゃないですか?」
3名の意見が予想外過ぎて俺は少しショックを受けた声を漏らした。その肩を、静かにニャイアーコーチが叩く。
「戦術がどう、って言うよりかにゃあ。ガンス戦の日って新月だろ?」
フェリダエのコーチがそう言うと、他の種族も同調するかのように頷いた。
「そうなんですか? でもそれとこれって関係が?」
「あれ? 知らにゃかったのか?」
そう言うとニャイアーコーチは猫族の宿敵、犬族の習性について詳しく語り出した。
ガンス族は狼人間と言うより犬人間である、とは前に述べた通りなのだが、一つだけ狼人間としての特徴に非常に合致した事象がある。
それは『月の影響を多大に受ける』という部分である。実は地球の人間だって満月の時はやや気分が高揚し新月だと沈み、といった程度の変化はあるのだが、ガンス族のそれは人間の比ではない。
月が満ちれば心はスーパーポジティブになり身体能力も上昇、月が欠ければ気持ちは落ち込み動作も鈍く、といった案配。
そしてそれはサッカードウの試合運びにも現れる。ガンス族の
なんと極端な! と俺などは思ってしまうが、やはり彼女らは魔法溢れる世界の住人。そもそも月だって地球とはちょっと違うもんな。ここまで直視しないできたけど、ちょっと大きいし。
それはそうとして。ガンス族は身体能力に優れ集団行動も得意というサッカードウに極めて有利な特性を持ちながら、一月の中で激しく調子が変動するという不利な性質も持っている。故に常に中位以上はキープできるものの運の良い――例えば新月の時期に下位のチームと対戦し、満月の時期に上位を潰す事ができる日程な――シーズンでもなければ優勝は狙えないチームとなっているのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます