第233話

 ピッチ内外の準備は順調に進み、いよいよ試合前日。俺たちはプレシーズンマッチと同じくスタジアムでの公開練習を行っていた。

 ただあの時と違うのは場所がアローズの本拠地、リーブススタジアムであること。そしてビジターより先にホームチームであるアローズが練習を行っていることだ。

「リーシャ、ナイスシュート!」

 練習のミニゲームでリーシャさんが見事なドリブルからゴールを決め、ナリンさんが大きな声で賞賛を送り記者たちが一斉にメモを走らせる。

「ナリンさんうめえ……」

 俺は思わず感嘆の声を漏らす。そう、今のナリンさんの声援はもちろん演技である。明日リーシャさんは出場しない。逆アジジ作戦――試合に出ると思わせて相手に対策を準備させた挙げ句、欠場する作戦――を決行するからだ。その為には殊更にリーシャさんの好調をアピールしておかねばならない。

「新戦力のナイトエルフも破壊力抜群だったが、やはり若手ホープのブレイクが一番だな……」

 記者席でエルフのベテラン記者さんがそう仲間に漏らすのが聞こえた。たぶん、紛うこと無き本音だろう。リストさんやレイさんは本当に凄い選手だが旧態依然としたメディアからしたら理解不可能なプレイをするし、未知のナイトエルフでもある。それに比べリーシャさんは若い頃から見られ才能の開花を嘱望されていた期待の選手であるし、地元育ちのデイエルフだ。どうしても贔屓が働いてしまうのだろう。

 ま、それも込みでの逆アジジ作戦なんですけどね!

「いやあ、あそこまでされると俺の話す事がなくなっちゃうなー」

 俺がそう言いながら記者さん達の後ろを通ると、彼ら彼女らから小さな笑いが起きた。むろん、みなさんと俺とでは言葉の解釈が違う。記者さんたちはリーシャさんの仕上がりについてだと思っているのだろうが、俺は彼女とナリンさんの演技についてである。

「監督、どちらへ?」

「もう練習終わりますから、あっちでさっさと囲みの取材始めちゃいましょうかー?」

 作戦は順調だがもし本当に怪我でもしたら台無しだ。俺は練習を予定より早く切り上げ、練習後の会見が用意されているコンコースの方へメディアを誘った。

 まさかその事であんな居心地の悪い目に遭うとは、その時は思いもしなかったのだが……。


「お、オーク代表のお出ましだぜ……」

 取材を無難にこなしている最中、後方の記者がぼそっと呟きアウェイチーム側の廊下を歩いてくる一団を指さした。

 そこにいたのは豚の頭部を持ち、堅太りの身体をトレーニングウェアにむりやり詰め込んだオーク女子代表の皆さんであった。

「ブヒ……邪魔だ、どきな」

 静かに凄まれて小人族のライターが慌てて道を空ける。ミノタウロス代表女子チームやトロール代表女子チームで見慣れていたつもりではあるが、オークのセレソン――ポルトガル語で代表のことだ。本来はブラジル代表を示していたが、要は「選抜」って意味なので別の国でも言えなくはない。と言うかこういう呼び方するとちょっと通っぽいのでチャンスがあったら使ってみよう!――もなかなかの面構えだ。

 突き出した犬歯、傷跡の残る瞼、潰れた耳……。もうべっぴんさんと言うかべっピッグ(豚)さんだ。

べっピッグさん、べっピッグさん、ひとつ飛ばしてべっピッグ(豚)さん……。たまに顔立ちが違うオークさんがいるのは、多種族との混血ハーフだからだろう。大半が純血種以外を下に見るミノタウロスと違い、オークはあまり細かい事を気にしないらしい。おらが種族オークの血が少しでも入っていたらオークとみなし、自分たちにあまりない素質を持った種族との混血も有用であれば大いに歓迎する……とのこと。

 だからこそ俺の子種も賭の賞品になったのだろう。サッカーとか地球の知識までは子供に遺伝する訳ないが、オークにはいないタイプの知者として。

 自分で言うのも恥ずかしいけどね。

「そっちじゃないブヒ」

 そんな事を考えている間に、オーク代表の為に道を空けた小人族さんを軽く押しのけ先頭のオークさんは俺のすぐ前まで歩いてきた。

「ブヒヒ……。こいつか」

 男女の差はあるが、そこには俺がエッチな漫画で見た竿役オークさんと同じ表情があった。

「う……うぃっす」

 俺は後ろに回した手で自分の足を抓り震えを隠しながら、挨拶した。

「ブヒ……タマはあるようだね。気に入った」

 彼女はそれだけ言うと俺の前から立ち去った。

「ほう……」

「ぶうぶう」

「もつのかね……ブヒ」

 その後も次から次へとべっピッグさん達がただ俺を至近距離で眺めて去っていく。別に何をされた訳でもない。だが単に虫に刺されるよりも今にも針を刺そうと振り上げられている時の方が怖いケースもある。

 それがまさしくこれであった。

「えと、その……あれ?」

 だがその恐怖の中で俺にある疑問が浮かび上がった。

「(あの、何で俺が「選手たちに」物色されているんです? もし負けた時に俺の子種を奪ってくのって……専門家とかじゃないんですか?)」

 専門家て何のだよ! と自分にツッコミつつ、俺は付近の記者さんに小声で訪ねた。

「(オークにはそんな気の利いた存在はいない。彼女らのポリシーは「闘って奪え」だ。報酬を手にするのはもちろん闘った当事者、つまり選手だな)」

 応えてくれた記者さんの「オークには」の「は」の部分が非常に気になるが翻訳アミュレットの加減かもしれないし単純にそれどころではないので詳しく聞き返すことはできなかった。

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