第173話
翌日。今日は相手チームの情報をチームにインストールする日。そしてアウェイなので練習後に移動する日でもあった。
移動と行ってもドワーフの王国は遠い山中で、陸路はおろか空路で行っても容易い道程ではない。故に今回も監督カンファレンスに続いて、魔法による瞬間移動を行う事になっていた。
「みんな揃っているかな?」
俺は軽い練習を終えて着替え終わった選手達を作戦室に集め、点呼を取った。
「ばっちりだよー!」
ユイノさんが手を振り、袖から伸びた腕の長さに感動しながら応える。
「良かった。サイズがおかしいって子もいないね?」
俺が訊ねるとスーツ姿のみんなは嬉しそうに頷く。そう、スーツ姿だ。
「良し。新しい服を着てみんな気持ちも引き締まっていると思う。その精神状態を保ったまま、ミーティングを開始しよう」
ドワーフチームの攻略ポイントの映像を、着替えた皆に見せる……それはナリンさんのアイデアだった。
そもそも練習後、移動前に着替えるのは既定路線だ。あの衣装には『瞬間移動魔法の安定度をあげる』という機能もあるのだから。
だったら映像を見る、練習する、着替える……という順番でも良い筈だ。だがナリンさんは
「正装で聞いた方が頭に入る」
と主張したのだ。昔クラマさんに教えて貰ったり、この前の監督カンファレンスで連絡事項を聞いたりした経験で。
なるほど、どちらかと言うと指導する側が多い俺やシャマーさんには無い視点だ。
「はい! お願いします!」
ムルトさんが何時もに増してピリっとした声で宣言した。確かに彼女含めみんな気合い十分で
「勉強するぞ!」
という雰囲気になっている。あと後に聞いたところだと更衣室で初めてチーム公式スーツとご対面した選手達――つまりシャマーさん以外――は、その格好良さとお揃いの服という事でかなりテンション上がってたらしい。
「じゃあ最初に、今日お見せする4つのポイントの大枠の方から説明します。この大枠は今後どのチームを解析するにも使うので、覚えなくても良いけど慣れていって下さい」
一方の俺も正直、やり易い。何というか、会社説明会に来たリク○ートスーツ姿の女学生たちに案内したり、新人研修に来た入社1年目さんたちに向かって喋った経験を思い出すからだ。
「ナリンさん、お願いします」
俺は魔法装置の側出スタンバイするコーチに声をかけて、前の大鏡に画像を出して貰った。
サッカーの局面は大きく分けて4つ+セットプレーに分かれる。前の4つとはボールを保持しての攻撃、攻撃が失敗に終わって守備へ移行するネガティブトランジション(長いのでネガトラとよく省略される)、自陣に下がって陣営を整えての守備、守備に成功して攻撃へ移行するポジティブトランジション(同じく長いのでポジトラ)の事だ。
ただステフにも言った通りサッカーはターン制のRPGではないので、この4つの局面が明確な区切りを持ちながら決まった方向へ変わっていくとは限らない。例えばこちらの攻撃が悪い形で失敗し、相手のカウンターが高速で炸裂して止められず点を取られた場合などは、
『攻撃失敗→ネガトラ機能せず→守備整える間なし→失点』
といった変遷を辿る事となる。
或いはネガトラを「ボールを失っても自軍方向へ下がるのではなく、すぐさまその時点で守備を開始し相手ゴールにより近い部分でボールを奪い返し、その勢いで攻撃をやりきる」と設定してるチームがその狙い通りに行くと、
『攻撃失敗→ネガトラ成功→ポジトラ成功→攻撃と言うほど長くボールを保持せず得点』
と矢印が急に方向転換しステップを飛ばす事にもなる。
だから移行の順番や方向それぞれの局面の重要さはチームや試合展開によって異なるが、それはそれとしてどのチームもその4つの局面に対して目論見や設定や志向が存在しており、それを分析する事がチーム戦術を分析する、という事になるのだ。
「あのチームは攻撃的、あのチームは守備的」
という簡単な言葉で区分けできる時代は――とりあえず地球のサッカーでは――もう終わっている。
俺はそういった大枠をまず説明した上で、続いてドワーフ代表におけるその4つの局面についてそれぞれの特徴的なシーンの映像を見せた。
映像は今までの試合の公式記録であり基本的にDSDKの魔法データベースにあったモノで、サッカードウを生業にしている者なら誰でも公的にアクセスできるブツだ。プラス俺達にはサオリさんが潜入して撮影してきた練習風景もあり、それらを俺とアカリさんとナリンさんで取捨選択して編集して注釈を書き込んだりした
作品、というとかなり大袈裟な感じかもしれないが、4つの局面の時間配分ひとつにしてもそれぞれ違っており――具体的に言うとドワーフ代表についてはポジトラについてはさほど見るべき所はなく短いモノになった――選手たちの集中力や脳のキャパシティを考えて調整されている。
しかも今回はアローズ船出、宿敵相手、注目されている……と重要度の高い試合でもありかなり気合いが入っているものを作った。だから作品と呼ばせて頂きたい。まあ、本当にシーズンが始まったらここまで時間はかけられないからね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます