第174話

「以上になりますが、何か質問は?」

 補足説明を随時入れながらも講義(?)が終了し、俺はスクリーン魔法の大鏡の真ん前に立った。さっと見渡した感じみんなそれなりに理解した様な顔だが、こういうのは多分に演技が含まれるので経験上信用してはいけない。

「あーひとつだけどよー」

 長い指を揃えた手が一つ上がった。俺は青と赤に髪を染め上げたエルフに返事する。

「何ですか?」

「見させて貰ってさー。よくまとまってるとは思うんだけどよー」

 ティアさんだ。彼女も例に漏れず公式スーツ姿だが髪もピアスも派手なままなので凄く場違いに見える。

「はあ」

「エンタメ業界の先輩として言わせて貰うけどよ。サービスシーンが足りなくね?」

 そこかい! てかエンタメ関係ないし!

「いえ、わたくしは大変参考になったと思いますわ」

「私も。こういう風にドワーフを冷静な目で見たこと無かったかも」

「ドワーフばっかで退屈だったのは事実」

 ティアさんに触発されてか、みんな一斉に口を開く。いやまあご意見は傾聴しますけど君たちね……。

「ちょっとみんなー。ショーちゃん困ってるじゃん」

 と、一番後方に座っていたシャマーさんの声が響いてみんなが一斉にその方向を向いた。

「好き勝手に感想言うだけじゃ建設的じゃないかもよ?」

 決して大きくも威圧的でもないその声に、全員がふと動きを止めて聞く体勢になる。今まで才能はあるが変わり者、気紛れな天才……と思われていたらしいシャマーさんだが、練習からDFリーダーとして統率しつつも身体を張り、的確な指示を出す姿を見せるようになってみんなの見る目も変わってきている。

「シャマーさん……!」

 彼女をキャプテンに任命した俺の目は曇ってなかった。俺はちょっと目を潤ませながら次の言葉を待った。

「『サービスシーンが足りない』て言うけどさー。具体的にどんなシーンを入れて欲しかった? それを言いっこしよう? 私は……お色気シーンかな!」

 俺の目は曇っていました。

「なるほど! じゃあ私は相手チームのずっこけお笑いシーンとか!」

「入浴シーンだろ常識的に考えて」

「アウェイだったらご当地グルメ情報とか!」

 君たち……。一人一人は真面目なエルフなのに箍が外れると途端に男子中学生レベルのお馬鹿に成り下がるのはアレか、こういう集団の宿命なのか?

「だろ? しかしお前もアレだよ。私らにこれ着せるんじゃなくて自分がこういう格好になって、オカズの一つでも提供しろよな!」

 お前じゃなくて監督、な? じゃなくて! ティアさん今、なんて言った!?

「いやティア、それは流石に……」

 白い目が一斉にティアさんに向けられ、代表してルーナさんが突っ込んでくれた。

「なんだよその目は!」

 エルフ特有の切れ目による視線の圧力にティアさんも若干、圧され気味だ。ざまあみろ。

「アタシだけ悪者かよ! なんだかんだ言ったってお前等もアレだろ? ショーキチをオカズに使ったことあるだろうよ!?」

 うわーこれはドン引きっすわー。逆ギレして叫ぶティアさんを横に、こりゃ相当な罵声が浴びせかけられるだろうなあ、と選手たちを見渡した。見渡したが……作戦室は不気味に静まり帰っていた。

「え? マジ?」

 顔を赤くして俯くエルフ、気まずそうに目を逸らすエルフ、逆にニヤニヤと微笑みかけてくるエルフ……。ここまで多様な表情を浮かべる彼女たちを初めてみた。

「ほら、見ろよ!」

 いいえ見ません。特に罪悪感を感じて目を伏せたエルフについては、決して記憶に留めないことにしたので、誰がどうだったとかは絶対に見ません。

「だから今度から映像にはよ、お前のシャワーシーンでも挿入してよ~」

 なんやそれ? 試合映像にシャワーシーンって……カラオケの後ろで流れる意味不明のビデオか?

「ショーキチお兄ちゃん、いえ、監督! オカズってなに?」

 と、そこへポリンさんの透き通った声が響いた。

「え!?」

「あ」

「それは……」

 みんなが一斉に、さっきまでとは違った慌てぶりをする。

「ポリンちゃんちょっと待って!」

「お嬢ちゃんにはまだ早いからっ!」

「ポリン、この前出た宿題の事で聞きたいポイントがあるんやけどええかな!?」

 周囲の、特に子持ちの選手が必死に誤魔化し、レイさんもデコイラン陽動作戦に走る。ここが勝負どころだ!

「……という訳でドワーフ代表のデータは頭に入ったね? 大事なのは過大評価も過小評価もしないこと! でこれから移動だけど道中でも気になる点があったらお互いによく話し合って。じゃあ、行くぞ!」

「「そうだな! おう!」」

「え? オカズの話は?」

 この窮地にチームの心は一心同体となった。それぞれ荷物を取り上げ、ポリンさんを巻き込み勢い良く作戦室から出て行く。この後は船でエルヴィレッジを出発し、王城にある専用の瞬間移動魔法装置へ向かう手はずだ。

「いやーどうなるかと思ったけど、上手くまとまりましたかね~?」

 俺は皆が荒らした後の作戦室を片づけながら、魔法装置の操作盤前に佇むナリンさんへ声をかけた。

「はい! すみません!」

 しかし彼女の口から帰ってきたは大声での謝罪だった。

「え? いや、説明が上手くはまらなかったのもミーティングが混沌としたものになったのも、俺の力不足と選手の不真面目さのせいですよ。ナリンさんは悪くないですって」

 恐縮して操作盤の陰に隠れそうなほど縮こまったナリンさんにそう説明する。

「あ、いや、そうではなくて」

「ナリンさんは真面目だなあ。選手たちには爪の垢でも煎じて飲ませたいくらい」

「のっ、飲ませたい!? すみません、部屋の片づけをお任せして良いですか? 自分は船の方を見てきます!」

「はあ。良いですよ」

 俺が頷くとナリンさんはエムバペ選手のような猛加速で作戦室を出て行った。相変わらず誉められると逃げちゃうエルフだ。

「個人的には凄く良い分析映像だと思ったんだけどなあ。今度、ちゃんとお礼を言っておこう」

 俺はそう呟きつつ、作戦室の片づけを続けた。

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