第168話

「ほほう、良いじゃないですか!」

 俺は作戦通り、大きな声を出した。

「え?」

「マジなん?」

「うんうん、最高ですよ! ゴージャスデリシャスマーベラス! こんなに似合うものを一着目で見つけるなんてダリオさんセンスありますよ!」 

 若干、引いてるシャマーさんレイさんを余所に、俺は顎に手を当て頷きながら上から下まで舐め回すように眺めつつ続ける。いや眺めてないけど。

「そう……ですか? でもちょっと大胆かも?」

「大胆は大胆ですよ確かに。でも一度こんなバッチリのモノを見ちゃったら、他のだと物足りないかも」

 これは褒めつつ言外に

「もうそれで決めてしまえ」

というメッセージを込めているのである。

「ショウキチさんがそこまで言うなら……これにしますね」

「ええ、是非ともそうして下さい!」

 やったった! 再び試着室へ消えるダリオさんに手を振る俺の後ろで、両者はなにやらヒソヒソと言う。

「(ショーキチ兄さん、意外と過激派やったわ……)」

「(仕切り直しね。もっと強烈なのに選び直してきましょう)」

「おや? どうしたんっすか?」

 俺が振り向くと2名は

「ううん、ちゃうねん」

「もう少し見てくるね!」

と再び陳列棚の方へ去って行った。

「ちゃうねん……て何とちゃうんやろ……?」

 如何せん、このままでは表情も見えない。俺は今更ながら眼鏡をズラして両者の背中を目で負う。なんなんだ?

「あの、ショウキチさん……そこにおられますか?」

 悩む俺の背中にダリオさんの声がかかる。

「はい、いますよ」

「よかった。すみませんが服の背中のフックを止めて貰えませんか?」

 水着ではなく服のフック……! なるほど、そういうものもあるのか! と感心している場合ではない!

「あ、はい……俺で良ければ……」

 俺は盛大にキョドり挙動不審ながらも試着室のドアを開け、真っ赤な紐の様な物を持ってはにかむダリオさんに対面する。

「あれ? それ……」

「変な事をお願いしてすみません。こちらをお願いします」

 俺が何か聞く前にダリオさんは背中をこちらへ向け、髪を上にたくし上げる。

 今日の服にあんなリボンみたいな部品あったかな? と悩みつつ俺はダリオさんの首もとと背中を見つめた。

「じゃあ。肌に触ってしまったらすみません」

「あら! こちらがお願いしているのに悪いなんてありませんよ?」

 ダリオさんが悪戯っぽく笑い、俺の心拍は一気に跳ね上がった。目の前に彼女のうなじがあり、その下に繋ぐべきフックと剥き出しの背中がある。 

 更にその下に(着用していれば)下着があって、腰がある……筈だが幸か不幸か、眼鏡で見えない。ズラしているので作業箇所は見えるが、もしそれより下が目に入っていたらこんなものではなかっただろう。

「よっと……できました」

「ありがとうございます。では先にこれのお会計を済ませてきますね」

 ダリオさんはそう礼を行って、さっきの細い布を持ち店員さんの方へ歩み去る。

 そうか、あのリボンは新しく買うものか。水着以外にも気になるものがあったんだな、と得心が行く俺の横にシャマーさんが来た。

「よっしゃ! みてなさい、ショーちゃん!」

「あ、はい。頑張って下さい」

 何故か分からないが気合いを入れるシャマーさんに道を譲り、俺は再び試着室の前で待つ。

「しもた! シャマーねえさんに先を越された!」

「いや別に競争じゃないでしょ」

 レイさんがダッシュで戻ってきた。俺は悔しそうな顔をする彼女にそう突っ込みつつ眼鏡を元の位置へ戻す。

「だってふり、ふり、オチのオチは高いレベルが要求されるやん!」

「オチは別に求めてないって」

「これでどうだー!」

 そんな叫び声が聞こえて試着室のドアが開いた。俺達は振り向いてシャマーさんを見た。

「うわっ、シャマーねえさんキャラ違う……」

 レイさんの言葉から推察するに、シャマーさんが選んだ水着を着てポーズを取っている。

「いや、良いじゃないですかシャマーさん! パワーがあるしセクシーだし意外とめちゃくちゃ似合ってますよ!」

 ちょっとレイさんが気になる事を言ったのでどんな水着か気になったが、俺は作戦通りろくに見ないまま絶賛した。

「えええええ!?」

「ちょっとショーちゃん見過ぎ! 恥ずかしいって!」

 レイさんが驚きの声を上げ、シャマーさんは怒って試着室の向こうへ消えてしまった。

「でも……本当にそう思ってる?」

 しかしシャマーさんは僅かに開いたドアからすぐ顔だけ出して訊ねてくる。良く分からないが引くわけにもいかないよね?

「ええ! 確かにレイさんも言うようにイメージと違いましたけど、俺はこっちのシャマーさんが観れて嬉しいです。それだけ似合うのに、別のにしちゃうのは勿体ないんじゃないかな?」

 出鱈目ながら、レイさんの言葉をヒントに褒めまくる路線を継続する。その言葉にシャマーさんは勢いよくドアを閉めた。

「あれ? シャマーさん?」

「……にする」

「はい?」

「恥ずかしいけど、ショーちゃんが嬉しいならこれにする……」

 ドア越しで辛うじて聞こえる声量でシャマーさんが言った。

「はあ、そうっすか。じゃあシャマーさんもこれで決まりと。後はレイさんかー」 

 これでダリオさん、シャマーさんと二丁あがり。若干、腑に落ちない点を感じつつも俺は言った。

 そのレイさんは……頭を抱え苦悶の叫びを漏らす。

「だからオチは嫌や言うたんやー! 姫様もシャマーねえさんもハードル上げてぇ! 恨むで……」

「いや、レイさんそれは逆恨みと言うか自縄自縛と言うか。普通ので良いんだよ? ね?」

 俺は髪をかきむしるレイさんを宥めて言ったが、やがてレイさんは動きを止めてぽつりと呟いた。

「はい、覚悟完了。行ってきます」

「あ、はい。御武運を」

 俺はその雰囲気に呑まれてリストさんみたいな事を言う。三度、売場へ戻るレイさんを見送る背中にシャマーさんの声がかかった。

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