第169話

「ねえ、ショーちゃん? お願いがあるんだけど?」

「あーはいはい、服のフックですかね?」

 なんとなくパターンが読めたので俺は試着室のドアを開ける。その腕を掴んでシャマーさんが一気に中へ連れ込む。

「え? シャマーさん!?」

「えへへ。いらっしゃい」

 中では半裸のシャマーさんが待ち構えていて、俺の体が中に収まるとぴしっとドアを閉じた。

 見えない眼鏡をつけているのに何故、半裸と分かるかって? それはその、身を寄せようとしたシャマーさんを押し留めようとした俺の手が彼女の肌に直接、触れたからだ。

「何をいったい……」

「ショーちゃんばっか私をドキドキさせるからさぁ~。反撃なのだ!」

「いやシャマーさん復讐の応酬は何も産ま……」

 そう言い掛けた俺の唇を何かが塞いだ。それは正直、まあまあ感触に覚えがある何かだった。

「ん……。ショーちゃん、何だかんだ言って避けないんだ?」

「いやそれは……」

 眼鏡のせいで細かい動きが見えなかったから、とは言えなかった。ここまでの事がバレてしまうし。

「監督カンファレンスで頑張った事のご褒美とか?」

 もう何度か俺の唇に柔らかく触れながらシャマーさんが言う。密着してしまうと眼鏡の隙間から彼女の背中が見えて、そこは予想通り何も覆うものが無かった。

「えっと、その……」

「コホン! シャマー、それくらいにしなさい」

 外から怖い声がした。ダリオさんだ。俺が返事するより早く、シャマーさんが俺の身体をくるっと回し優しく外へ押し出す。

「(続きはまた、ね?)」

 囁くシャマーさんに何も言い返せず、外にいたダリオさんにも何も言えず

「ははは……」

と笑って誤魔化す間にレイさんが来た。

「あれ、どしたんお二方? シャマーねえさんはまだ中?」

「うん、でも終わったよー」

 耳敏く聞きつけたシャマーさんが真っ先に応えて試着室から出てくる。

「じゃあ、失礼して……」

 レイさんは入れ代わりで中に入り、外には俺達三人が残された。怖いが表情を見ない訳にもいかず眼鏡を頭の上に上げる。

 ダリオさんは剣呑な表情で俺達を見ていた。

「着替えを手伝ってただけでして……」

「そうなのよー。私って不器用でねー」

 挑戦的に片方の眉を上げるダリオさんに俺達それぞれが言う。

「そうでしたの? でしたら仕方ないですね」

「は、はい」

「私、お金を払ってくるねー」

 恐縮する俺と裏腹にシャマーさんは全く悪びれない。それでも居心地が悪いのか、すぐに荷物を抱えて店員さんの方へ行った。

「(ずっちーなー!)」

 とこの世界の誰にも通じない織田裕二さんの物真似を心でしながら、その姿を見送る。見送るが、ちょっと気になってダリオさんに訊ねる。

「あの、ダリオさんも魔法にはお詳しいですよね?」

「ええ、まあ」

「魔法で葉っぱをお金に変えたり……てしますか?」

「いえ……聞きませんが」

 俺がそう質問したのはシャマーさんの荷物に大きな葉っぱが見えたからだ。ほらあの、昔話でタヌキが頭の上に載せていて、化かしてお金小判とかだと思わせるような。

「よく分からない事をいって二人でしていた事を誤魔化そうとしてらっしゃる?」

「違いますよ!」

 実はそういう気持ちが少しあった事は否定できない。しかしそれ以上にシャマーさんが化け狸みたいな事をしないか心配だったのだ。

「まあ、着替えの手伝いだけならやましいことはありませんし……」

 ダリオさんは悔しそうにそう呟いた。まあ服の着替えを俺に手伝わせる事は彼女もやったしな。

「じゃじゃーん!」

 モヤモヤした俺達の空気を吹き飛ばすような声が後ろから聞こえた。レイさんだ。俺は慌てて眼鏡をかけ直してそちらを向く。

「どっどない?」

「あら格好良い」

 レイさんの水着姿を見て思わず、といった感じでダリオさんが感想を漏らした。と言うことはセクシーとか可愛いとかじゃなくて、しゅっとしている系か?

「おお、凄く良いじゃないですか! スポーティーで今風でエネルギッシュで! レイさんセンス良いね!」

 三度目ともなると手慣れたものだ。俺はマジマジと上から下まで見渡したフリをしつつ、レイさんを褒め倒す。

「はぁ? 今風でエネルギッシュ? 寧ろ古いんとちゃうん?」

 しかしレイさんは俺の褒め言葉にやや懐疑的な声を返した。あれ? 失敗したかな?

「そうかしら? 私はスタイリッシュで良いと思いますけど」

「え……姫様、そのセンスはどうかと思うで……」

 ダリオさんのフォローにもレイさんは突っ込む。片方は古いと言ってて片方はスタイリッシュと言っている……。

 いったいどんな水着なんだ? と好奇心が抑え切れず、俺は眼鏡を外してレイさんの姿を見てしまった。

「ほ……骨!?」

 そこにあったのは、骸骨を縫いつけたような見た目の布が辛うじて身体の際どい部分を隠しているだけの水着だった。

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