第163話

 さて、ドワーフ戦まで一週間、シーズン開始までもう数週間あるがチームは特別な事はもう行わず、しかし早々とシーズン中と同じペースで過ごす事に決めてあった。

 それはこうだ。例えば日曜に試合があれば月曜がオフ、火曜日がオフ明けのコンディション調整、水曜日は自分たちの戦術を高める練習、木曜日に直前の試合の振り返り、金曜日に次のチームの情報のインプット、土曜日にセットプレー……という流れ。

 直前の試合の振り返りを木曜日までとっておくのはその時に見せる映像や情報の取捨選択に時間がかかるから、というよりも心理的なストレスを軽減する為だ。あまり早く見せると後悔や興奮で冷静になれないからね。 

 ただし今回に限ってはその『直前の試合』とはミノタウロス戦になってしまいあまり意味がないので、もう一日戦術練習を行う。

 希望的予測だがこの流れが定着し選手コーチがそれぞれリズムを掴めれば、

「次はどうなるんだっけ?」

と悩んで余計な疲労を感じないで済むようになるだろう。決断や判断も脳のリソースを大きく消費する行動だしね。そしてリズムを掴むのは早ければ早いほど良い。だから俺たちは、ドワーフ戦すらもそのサークルの中ルーチンに組み込む事にしたのだ。

 まあ、今回はそのサークルに「水着の買い物につき合う」てのが入ってしまったのだが……。


「水着の買い物につき合う」

とは言ったもののドワーフ戦までに時間はさほど無く、翌日の戦術練習終了後すぐに街へ出かけることになった。

 時刻は夕方頃。メンバーは俺、レイさん、シャマーさん、ダリオさん、リストさん、ナリンさん、ムルトさん、ジノリさんの8人だ。

 リストさん以降の目的は水着ではない。そりゃナリンさんやジノリさんの水着姿も見てみたくはあるけど。後半4名は以前リストさんと約束した『スポーツ用サングラスを作る』の方だ。

 練習用の仮のモノは実は既に作って使用している。それとは別に監督カンファレンスで正式認可された――ちゃんとそっちの仕事もしたのだ。主にナリンさんが――形式があり、今日はそれに沿ったタイプを買いにきたのだ。

 ドワーフとの試合が行われるミスラル・ホールは地下にあるスタジアムで日光の不安は無いが、照明が目に入ったりするのを防げるのも密かに有利だしな。逆にチャンピョンシップでの井原さんのヘディングみたいに、照明のせいで決まったゴールもあるけど。

「こちらがお世話になっているお店です」

 シャマーさんと共に先頭を歩いていたムルトさんが立ち止まり、ある店舗を指さした。そこには可愛らしい眼鏡のイラストと屋号の書かれた看板がぶら下げられた、まあまあ大きな家屋があった。

「ほう、ここですか。何て書いてあるんですか?」

「眼鏡その他遠見アイテム『グラス・ゴー!』です」

 場所は王城から遠くない高級住宅街のただなか。周囲を見渡せばお高そうな服やら便利そうな魔法の道具やらの商店も立ち並んでいる。

「そうなんですか。ありがとうございます。じゃあ俺達はリストさんのサングラスを作るので、シャマーさんたち水着班は別行動で……」

「あ、あの眼鏡可愛いー! 講義する時用の新調しよっかなー」

「私も、変装用のが要りますね」

 俺の言葉には耳も貸さず、シャマーさんとダリオさんがドアを開けて中へ入っていった。因みにダリオさん、国民のアイドルで迂闊に出歩くとファンに囲まれてしまうので今も帽子で変装している。

「いえ、お二方は今の間に水着を……」

「ウチもなんか探そうっと!」

 レイさんがそう言いながら続き、他の面子もぞろぞろと店の中へ消えていく。

「狙いが外れたでござるな? まあ水着フィッティングイベントからは逃げられませんて」

 最後尾にいたリストさんが俺の肩を叩いてくくくと笑った。てかなんでリストさんが最後にいるんや? 先頭で入る所やろ!

「なにやってんすかリストさん! このお店は貴女の為に来たんでしょ? しかも他のエルフとコミュニケーションする練習もあるのに……なんで一番、後ろに!?」

 図星を突かれた反撃ではないが、俺はこの買い物の主旨を指摘する。

「いやーそれが……。拙者、『数人でお出かけすると話し相手からあぶれて殿(しんがり)をトボトボ歩く』タイプでして」

 いや分かるけど!

「それを克服する為の今日でしょ! あとアレですよ、ちゃんと自分の口でサングラスの希望を伝えるんですよ? 床屋で理容師さんの言いなりになって変な髪型になるような真似はナシですよ?」

「ぎょえ! 何故それを!? ショー殿、見てたでござるか?」

 やっぱりかよ。

「早く入るのじゃ! 店主がお待ちかねじゃぞ!」

 ジノリコーチが中から声をかけてきた。咄嗟に助けを求めるかのような目でこちらを見るリストさんの背中を押し、二人で中へ入る。

「いらっしゃいませ、店主のレンジャースです」

 俺達に声をかけてきたのは、やや痩身のドワーフ男性だった。かの種族の年齢もやっぱり推測がつかないが、まあまあ年輩に見える。

「今日はどんな感じで」

「あーサイドは短めで……ゴニョゴニョ」

 それは床屋やろ! リストさんはもうややパニックだ。だが俺は彼女をジノリコーチとムルトさんと店主さんに託し、店内を見て回ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る