第136話
「ワシらドワーフはおぬしらが思うよりもショーキチに注目しておる。そしてワシがまだおった時ですら、ある程度こう分析しておる。『時間があると何かをしかけてくる。時間を与えない事が肝心だ』と」
「え!? 本当ですか!?」
ジノリコーチの言葉はにわかには信じ難かった。
「凄いですね、ショウキチ殿! 宣伝が効きましたね!」
何故かダリオさんが嬉しそうだ。ひょっとしたら悪戯好きなドーンエルフにとって「何かしてきそう」というのは最高の褒め言葉なのかもしれない。
「開幕前に試合を持ちかけたのもその分析あってのことじゃろうし、試合の中でも先にしかけてくるじゃろう。恐らく開始直後から猛攻をかけ、前半で勝負を決してしまうつもりじゃ。後半、策でなんとかできない程にな」
その言葉でやや浮かれかけた気持ちも沈んだ。確かに
「ジノリ殿の見立てでは、アローズは前半の攻勢に耐えきれないと?」
ナリンさんが、本心は聞きたくない事を聞くような声で問う。
「現段階では無理じゃな。恐らくその試合の守備だけでなく、自信も崩壊させるような展開になりかねん」
ジノリコーチの回答は容赦が無かった。
「何か……何か対策はないのですか?」
ダリオさんがすがるような目で俺を見た。
「そうですね……。試合の最序盤からゲームを壊すようなプレイをして、相手の意気を逸らす方法はあります。安全な所で軽微なファウルをしてプレーを止める、いちいち判定に食ってかかる、スローインやセットプレーの再開をダラダラとする、とか。相手も観客もイライラさせるような感じのです。でもジノリさんの意見は違うようですね」
俺の言った策はエルフやドワーフのような真面目な種族向きではない。ゴルルグ族やインセクターのようにどんなプランでも冷静に実行し、
「勝てば良かろうなのだ」
と言える奴ら用のものだ。
それはエルフ族を鍛えているドワーフ族のコーチが選ぶような選択肢ではない。故に彼女が口にしたのは真逆の方向性だった。
「うむ。ワシは今から試合までに徹底的に切り換え時の早さを強化し、こちらを圧倒しようとするドワーフチームに真っ向、打ち勝つチームで挑みたいと思う」
「ええっ!?」
俺を除く全員が驚きの声を上げた。
「それができれば理想ですが、楽観視できないと仰ったのは他ならぬジノリ殿ですよ!?」
代表してナリンさんが疑問を口にする。
「それはふつうの鍛え方で行った場合じゃ。エルフ離れした『強さ』を身につける方法が一つある」
「それは?」
なんとなく分かっていた。俺の方の「ゲームを壊す」プランを聞いている時から、ジノリコーチが「それ」を考えていたであろう事が。だが彼女がそれを口にし易いよう、俺が質問する形にした。
「ワシは……『デス90』をやるしかないと思う」
「『デス90』!?」
ナリンさんとザックコーチがあり得ない! という顔をし、他の皆は初めて聞く単語に困惑の表情を浮かべた。
「なんですか、それは?」
元監督とは言え基本的には選手で、練習メニューに最も疎いダリオさんが訊ねる。
「それにはまず別の話から必要です。ダリオさんは『アクチュアルプレーイングタイム』という概念をご存じですか? これはサッカーの試合の中で、プレーが行われている時間の事を言います」
「え? でもそれ、90分じゃないの?」
サオリさんが当然の疑問を口にした。
「うん、時計の上ではね。でもボールがサイドを割ってスローインで再開するまでとか、ファウルがあってFKの為にボールをセットするまでとか、所謂『死に時間』って結構、多いんだよ。さっき俺が言った『試合を壊すプレー』なんかはまさにその死に時間を増やすものさ」
もちろん、第四審判がそれらの時間を計測し、後でまとめて『アディショナルタイム』として補填するようになっている。だが、例えばスローイン一回一回までは計測していない。
「地球では、そういうのを差し引いてプレーが『実際に』行われている時間を計っているんだ。例えば俺のいた国のリーグだと……何分くらいだと思う?」
俺は『実際に』の部分で両手を上げ指をクイクイと曲げて強調した。
「うーん……80分くらいですか?」
腕を組み悩むダリオさんの姿は今日も良い。もっと悩ませたいくらいだが俺はナイトエルフの連中じゃないので先を進めた。
「いえ。数年の平均で55分くらいです」
「うそお!」
「ほえ~詐欺じゃん!」
「マジ!? いえ、本当ですか?」
サオリさん、アカリさん、ダリオさんがそれそれの反応を返す。
「地球のサッカーだからそれだけど、ここのサッカードウだともう少し短いかな。50分弱くらい」
「すると残りの40分、と言うかほぼ半分くらいはサッカードウのプレイ以外に使われているんっすね。ほえーやばいな」
アカリさんがさっと計算して呟く。
「分かったけどさ。それが、今の話に関係あるの?」
「そこで。実際のゲームでは50分くらいなんだけど、『デス90』は『アクチュアルプレーイングタイム』をほぼ90分にして試合をやっちゃう練習なんだ」
「はあ!? どうやって?」
サオリさんはテンポ良く俺に反論してくれる。これ、対立しているように見えて実はやり易い相手なんだよな。リーシャさんみたい。俺は有難くそれの乗っかる事にした。
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