第135話

「なるほど、ありがとうございます。随分、周到に仕組まれたプレシーズンマッチだったみたいですね。こりゃ断っても何か手を打たれてたでしょうね」

 俺がそう言うとダリオさんが僅かに目を合わせ、潤んだ瞳で会釈を送ってきた。いや、庇ったつもりはなくて素直にドワーフの狙いを推し量っただけなんだけどな。まあいいや。

「では次は私が。今はまだ守備の構築が先で、攻撃には全く手がついていない状態です。引き分けでも良いという事を考えると、攻撃は個人技によるカウンターか、セットプレーになるかと」

 さっきからずっとジノリコーチが考え込んでいるのを見て、ナリンさんが自主的に口を開いた。

「ゾーンプレスを高い位置で効かせて、ショートカウンターで決めるパターンはどうでしょう?」

 これは実はまだこの世界に導入するには早いと思うが、ゲーゲンプレッシングに繋がる形だ。相手ゴール近くでボールを奪えれば、一本のなんてことないパスが極上のラストパスになる。俺は少しだけその概念を教えてあるナリンさんだからこそ、その可能性を訪ねてみた。

「まだ難しいと思います。今は奪ったボールを大事にしたい意識の方が高く、混乱の中で素早い判断をしてゴールにすぐ繋がるプレーを選択できるレベルにありません」

 ナリンさんは俺の意見をバッサリと切り捨てた。だが確かにそうなのだ。練習で見ていても奪った後にボールを下げる傾向がある。

 しかしそれも仕方ないかもしれない。エルフさんは基本的に気が長く、慎重で美的感覚を重んじる。ボールを奪ったらしっかり繋いでサイドを崩し、美しいクロスを入れて流れるようにゴールを奪いたい……という本能が強い。例えれば楽譜通り秩序に演奏し荘厳な響きを魅せるクラシックのように。

 相手も自分も狙った混沌の中に引きずり込み、情熱のままにゴールへ向かうハードロック的混沌なサッカーには向いていないのだ。今のところは。

「言われてみればそうですね。そっちは諦めますか。……となると、奥の手を一つ出すしかありませんね。レイさんとポリンちゃんを連れて行きましょう」

「ええ!?」

「ほう」

「やった!」

 ナリンさん、ザックコーチ、サオリさんがそれぞれ驚きの声を上げた。

「しかしショーキチ殿、彼女たちはアウェイには帯同させない予定だったのでは?」

 三者が目を合わせ何度かの譲り合いがあった後、ナリンさんが口を開いた。

「確かにシーズン中はね。でも今回は開幕前だし」

 レイさんポリンさんはまだ若い学生だ。勉強が本分だし身体もできていない。いやレイさんはスピードはあるが。だからナリンさんザックコーチとも相談の上で、「試合に出るのはホームのみ。時間も限定する」と決めていた。

「レイさんは攻撃の形とか関係なく独力で、個人技で相手の守備陣を粉砕できるし」

「うんうん!」

 サオリさんが嬉しそうに相槌を入れる。この蛇、熱い個サポ選手個人につくファンだな。

「セットプレーが肝ならポリンちゃんのキックも欲しい」

「確かに。彼女なら一振りで仕事ができる」

 こちらはニャイアーコーチだ。彼女はポリンさんのFK練習に付き合ってもいるから説得力がある。

「出場時間はやはり限定します。後半だけとか。それならドワーフ戦の後は時間も空くし、学業にも回復にも問題ないでしょう」

 俺はザックコーチとナリンさんを安心させるように言った。

「あと他チームへの幻惑にもなる。切り札を一つ見せてしまうのは癪ですが、あの二名は攻撃のオプションでしかない。オプションだけを見せて、本来の攻撃の形を隠したまま開幕を迎えれるならその価値はある」

 上手く行けば、の話ではあるけどね。

「まああの二名は印象的ですからねえ。記録よりも記憶に残っちゃうから、対策にリソースを注ぎ込んでしまうかも」

 アカリさんが冷静に評価した。そう、冷静に稼働率などをとって行けばそこまで対策する選手ではないとバレるだろう。ホームで限定的にしか出ないし、若いから波もあるだろうし。

 だが記憶に残ってしまえばそうも行かない。例えばロベルト・カルロスのFKがそうだ。本数としてはそれほど決めていない。だがあの弾道とゴールを奪った場面を何度も見れば、「ここでFKを与えては危険だ」と判断してDFが本来ならファウルで止めるシーンで躊躇うようになる。

 まとめると「引き分け上等で守備を頑張り、攻撃はレイさんポリンさんで少ないチャンスを狙う」という形が行けそうだ。

 となると最後はその守備の所だが。

「ジノリさんはどうですか?」

 ここまで沈思黙考していたジノリコーチへ俺たちの視線が集まる。

「ワシは……そこまで楽観できぬと思う」

 彼女の声は低く……なく可愛い幼女声だが、重かった。

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