第103話

「きゃっ!」

「初めまして! レイって言います! え、やば、めっちゃ可愛いしお洋服もめっちゃえっちぽい! ぜんぜん聞いてたんと違う! すてき!」

 レイさんは興奮してシャマーさんの手をぶんぶんと振っていたが、ふと俺の視線に気づいて悪い顔になった。

「聞いてくださいよシャマーねえさん。ショーキチにいさん、ねえさんの事を『最終ラインから全てを統轄する、冷静で狡猾なキャプテン』て言うてたんですよ? 嘘つきやわこんなエロかわいいねえさんつかまえて」

「へっへぇ~」

 珍しい事にシャマーさんが押され何も言えないでいる。

「キャプテン言うたらこのチョーカー、キャプテンマークアレンジ?」

「う、うん。と言うか魔法でサイズを変えてチョーカーにしたの」

「マジか!?」

 言われて気づいた。確かに良く見ればあの時シャマーさんの腕に巻いたキャプテンマークだ。全体に馴染み過ぎて見えてなかった。

「えっ、こっちこそ『マジか』やでショーキチにいさん。その声やと気づいてなかったん? もしかして……服装もまだ誉めてもいない?」

 レイさんが驚きの声を漏らした俺に目をやって言う。

「う、うん」

「アカンて! 打ち合わせにこんな着飾ってきてくれた女の子の服装ひとつ誉めへんなんて! はよ言って!」

「えっ? 何を?」

「誉めて!」

 レイさんはシャマーさんの手を離すと、彼女の肩を掴んで俺の方を向かせた。そして腕を組んで俺たち見下ろす。

 これは誉めないと話が進まない状況だな……。

「えっとシャマーさん、お召し物素敵です」

「あっありがとう、ショーちゃん」

 こんな近くでそんな話をするなんてどういうテンションでいたら良いのか分からない。取り敢えず言葉を交わした俺たちは揃ってレイさんを見上げる。

「もっと具体的に!」

「具体的!?」

「自分のフィーリングでええから、『良いなあ!』て思った所を言うとかやん」

 そうか。しかし女性二人を前に『えっちじゃん』とか言う訳にもいかないし具体的でもないし困ったな。

「えっと、シャマーさん」

「はい!」

「髪のピンクと、お召し物の黄色が凄くいい感じです。シャマーさんの面白い所と可愛いところを表現しているというか」

「ありがとう。凄く嬉しい」

 なんやこれ!?

「うーん。まあなんとか合格にしとくわ」

 いやなんでシャマーさん本人ではなくレイさんが決める!?

「それはそうと、なんの打ち合わせなん? なんで魔法で夢の中で? ウチらアーロンのシャマーねえさんの研究室へ向かってたやんな?」

 また話題が一気に変わった。レイさんらしいと言えばらしいが。

「えっと、打ち合わせは選手編成の事で……」

 と言いながらレイさんから見えない角度でシャマーさんをつつき、フォローをお願いする。

「夢の中にしたのはね、あの、わたしに用事が急に入っちゃって……がっ学会で!」

「そうなんだよ! だから夢の中でリモート会議というか」

「そう、リモート! 調整失敗して、レイさんも巻き込んじゃったみたいね、ごめんなさい」

 シャマーさんがそう言って頭を下げると、レイさんは慌てて打ち消すように手を振った。

「ううん、謝らんといて! むしろ危うくシャマーねえさんに会えへん所がウチだけでもいけたんやからラッキーやわ。そっか選手編成って」

 レイさんは俺に顔を近づけ眉を上げながら囁く。

「誰がスタメンかとかの、センシティブな監督とキャプテンの内緒話やんな? ええでええで、ウチはちょっと離れるし。二人でこっそり話して」 

 そう言うとレイさんは部屋の反対側へすたすたと歩み去り、靴下を脱いで丸めてボールのようにすると、リフティングを始めた。……上手い。

「なんだか凄い娘ね~。ショーちゃんが攻撃の要として惚れ込んだのも分かる気がするわ」

「だよね。シャマーさんとは別の方向で行動が読めない」

 二人で数秒、呆けながらレイさんのフリースタイルリフティングを眺めていたが、時間を無駄にはしたくない。俺は嘘からでた誠の方で行くことにした。

「それはそうと選手編成なんですが」

「うん? どうしたの?」

「シャマーさんと組むCBの相方、あの時はルーナさんで考えてたけど彼女は左SBの方をやりたいらしいんだ。だからすみません、お手数ですがシャマーさんにはSBじゃなくてCBの方を探して欲しいんです」

 俺がそう言うとシャマーさんはしまった! という顔をした。

「あららそうだったの~。タイミングが悪いなあ、昨日もう左SBの候補二人に都の方へ行って貰っちゃった」

「おっと、それは。二人ともCBは兼任できなそう?」

「難しいかなあ。一人は前でウイングもできるし、もう一人は中盤の底ならできる位だけど。仕方ない、探し直してあげる」

 シャマーさんは難しい顔をしながらもそう答えた。なるほど、確かにルーナさんの言った通りだ。

「さっきレイちゃんが『アーロンに向かっていた』みたいに言ってたけど、まさかそれだけをわたしに言う為に?」

「そうだよ。せっかく探して貰ってたのに変更になるから、フェイストゥフェイスでちゃんと謝ってお願いしようと思って」

 俺がそう言うとシャマーさんは怪しい笑みを浮かべて俺の太股の上に手を置いた。

「それだけ? 本当はわたしに会って、むらむら感溜まったものをスッキリしたかったんじゃない?」

「違うよ! でもスッキリした、ちゃんとお願いできて! さ、帰ろうかな、レイさん!」

 俺は太股の上をこするように動くシャマーさんの腕を素早く外し、立ち上がった。

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