第104話

「え? もう終わったん? じゃあ待ってな」

 呼びかけられたレイさんはリフティングを止め、丸めた靴下を解いて履き直しに入る。

「じゃあ魔法を解いて貰っていいかな?」

「ぶう。ショーちゃんの意地悪~」

 俺の言葉に膨れていたシャマーさんだが、準備が出来たレイさんが近くまで歩いてくると急に明るい顔になった。

「では魔法を解きます」

「はい」

「よろしゅうお願いします」

「解きますが、儀式準備が要ります」

 そういうシャマーさんの顔は、正確に言うと明るい顔ではなく悪い顔だった。

「フェイストゥフェイスじゃなくてマウストゥマウスが要ります」

「え? そうなん!?」

 どっかで聞いたような言い回しだな! どうせ嘘だろうけど!

「違うよレイさん、どうせシャマーさんの嘘で……」

「確かに、眠り姫を起こすにはキスが必要やもんね。じゃあシャマーねえさん、お願いします」

 レイさんは俺の言葉が耳に入ってない様子でシャマーさんの前に素早く立った。

「あら、度胸も良いのね」

「シャマーねえさん、ウチあんまり経験ないんで優しくしてな……」

 そう言ってレイさんは目を閉じキス待ち顔になる。……俺も知ってるあの顔だ。

「じゃあね、レイちゃん。素敵な目覚めがありますように」

 シャマーさんは何事か呟きながらレイさんの唇に自分のピンクの唇を重ねる。その状態でまだ何秒が口元が動いているがきっと呪文を唱えているのだろう。そうだろうそうに違いない!

「あん……」

 色っぽい囁きがレイさんの口から漏れ、その体が銀色に輝き一瞬で消える。きっと魔法の衝撃で声が漏れたのだろう。そうだろうそうに違いない!

「ほえ~。参ったなあ、あの娘。キスまで凄いのね」

「だよね」

 レイさんが脱力しながら俺の隣に座った。一方の俺も俺でドーンエルフの小悪魔系とナイトエルフの奔放系、美少女同士のキスシーンを見せられて少し放心状態だった。

「ん? 何でショーちゃんがレイちゃんのキスを知ってるの?」

「あ、いや、その」

 しまった口を滑らせた!

「ほほ~う? そう言えば『あんまり経験ない』って言ってたけど、逆を返せば少しは経験あるってことよね~?」

「そうなのかな? しらんけど」

 俺より前に経験してたのかもしれないじゃないか! という言い訳は苦しいか?

「惚れ込んだのはサッカードウの才能だけじゃないって事なのね?」

「いやそういう訳じゃないけど、不可抗力とか流れで色々あって」

「じゃあ、わたしとも不可抗力で良いわよね~?」

 勝ち誇った顔のシャマーさんがふかふかの長椅子の上に俺を押し倒し、完全に覆い被さった。

「シャマーさん駄目ですって!」

 このままでは既成事実を作られてしまう!

「可愛いって言ってくれてありがとう。来てくれてありがとう。これはサービスにしておくね~」

 そんな囁きと共にシャマーさんの唇が俺の唇を塞いだ。強烈な衝撃が全身を揺さぶり、俺は意識を失った。


「ショーキチにいさん起きてや! なあ、なあって!」

 強烈な衝撃が全身を揺さぶっていた。俺は馬車の中のベッドの上に寝そべり、脇には俺の腕を掴んだレイさんがいた。

「あ、起きた! なあ、あれはホンマやったん? それとも夢やったん? ウチらシャマーねえさんに……」

「ああ、会ったよ。打ち合わせも終わった」

 俺は上半身だけ起こしてそう答えた。レイさんはその言葉に喜び、感激のジャンプを行った。

「やった、ホンマやった! みんなに自慢したろ!」

 何が自慢なのか分からないが、嬉しそうでなによりだ。俺はナイトエルフの二名の元へ向かうレイさんに

「あーレイさん、ついでに皆に伝えて下さい。予定変更してアーロンに寄らずに帰ります」

と伝えて一人で馬車の外へ出た。

 外には晴れやかな朝の空が広がっており、アーロンへ向かう道とエルフの王国へ向かう道とか交差していた。

 シャマーさんのお陰で旅路を省略できるし、何だかスッキリした気分にもなっている。こんど会ったらお礼を言おう。

「あ、次に会うのはチーム始動日かな?」

 そうだ、何にせよ帰ったらチーム作りが本格始動する。視察もスカウトもそれなりに出来たし気力も十分だ。

「来てくれてありがとう、か」

 シャマーさんは最後にそう言った気がする。だが俺はまだ何も成し遂げていない。エルフのサッカードウ代表チーム、アローズを最強のチームに仕上げる。それが出来て初めてお礼を言われる資格がある。

「やるぞ。いや、一緒にやろうぜ」

 俺はシャマーさんに呼びかける気持ちでアーロンの方へ手を振った。それから、エルフの王国の方へ視線をやった。

 朝の光が眩しく道を照らしていた。



第六章:完

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