第84話
「じゃあなに、発見された手紙はラブレターじゃなくて……」
「アシスタントさんとのやりとりのメールですよね。まあ最初の方は熱心なファンからのラブコール、て言えるかもしれませんが」
語り終えて疲れた顔のフィーさんの代わりに俺がレイさんへ回答する。父親のフェルさんも補足に入る。
「ワシも実の所、しっかり読んだ事はなかったんや。見つけた時から最近までな。字も知らんしなんか辛うて。でもふと、監督さんから預かった
驚きの内容、だったらしい。もっともすぐに飲み込めた訳ではなく、自室に引きこもって理解できるまで何度も読み返していたという。彼の姿を見かけなかったのは、そういう訳だ。
「おかん、なんで秘密にしとったん? 『地上の人と漫画描いてただけやで』ってちゃんと言ってくれれば問題ないし、なんなら手伝うことかて出来たのに!」
「いや、漫画の中身が中身やし知られるのも難しくてなあ。兼業がしんどい時期になってたし、略奪隊を辞めるのにもちょうどええと思て。それにカイは器用やしおかんの活動も気付いてたし連れて行けたけど、レイちゃんはサッカーもあるし……手より足が器用なくらいやん?」
「またそれ言うた!」
レイさんは再び激怒して机を叩く。今度は跳ね飛ぶ瓶やペンは無かった。
「ところで来る時に寄りましたがカイさん達と住んでいる家が結構しっかりしてるって事は……やっぱり儲かっているんですよね?」
「ええまあ」
さっきからずっと平身低頭していたフィーさんだがその返答の時だけは少し得意げになった。
「治安がちょっとアレですけど漫画の儲けを注ぎ込んだセキュリティしっかりした家ですし、ここに来るのにも便利ですし」
確かに。あの付近にはリストさんも知らなかった抜け道があり、ヨミケからイリス村付近まで驚くほど近かった。
「あの~、本当にすみませんがあと一年だけ、先生の事を許してはくれませんでしょうか?」
急にフープさんが口を挟み深く頭を下げた。辿々しいがエルフ語のようでみんなが反応する。
「ここが正念場なんです。売れてる漫画だから、だけではありません。先生が『広げた風呂敷を畳める』漫画家かどうかが問われる一年なんです!」
「ああ、最終章とか言ってましたよね?」
俺は手元の原稿を見ながら頷く。
「はい。それが終われば家族の所へ戻る、という約束なんです。いちファンとしては残念ですが」
なるほど、だから『あと一年で丸く収まる』だったのか。
「知らんわ! ウチがどんな思いして……」
怒りを通り越してレイさんが泣き出した。フェルさんがそっと肩を抱いて慰める。確かに俯瞰で見れば笑えさえする状況だが、彼女の身になれば無駄な苦労をした日々が悔しくて仕方ないだろう。
「みなさんだいたい、事情は理解できましたよね? これからどうされます? フェルさんはどうです?」
ナイトエルフの家長が誰になるか分からないが、一番話しかけ易い状況のフェルさんに問う。
「ワシは……フィーが浮気やなくてほっとしとる。それが一番や」
「あんた! そんな訳ないやん! 今でもウチはあんたが一番や!」
夫婦――と書いてめおとと読む――は目を合わせ微笑んだ。
「そうですよ! 先生は旦那さんの事が大好きで……タイガー&タイガーの主人公もフェルさんがモデルなんですよ!」
ああ、あの長髪GKか。
「それは別に知りとうなかったな」
だよな。相方とのラブシーン、結構エグいしな。
「それはそうとお前……戻ってきたらええがな。もう秘密はないし、周囲にもワシが説明したる。もちろん、仕事に都合がええならあっちの家はキープしたらええ。そや、お前の作品もウチの喫茶店のもっとええ棚に置いたろ」
フェルさんが寛大さを見せると一同がほっとため息をついた。
「それでええやろ。な? レイちゃんもお母ちゃん許したり。ほんであのチームに戻って機嫌ようサッカーしたり」
続いて肩を抱いたレイさんに話しかける。
「ウチは……」
父親の問いかけにレイさんは首を横に振った。
「ウチはおかんを許す気にはなれへん」
そう言うと顔をキッと上げ、肩に回されたフェルさんの腕を払うと真っ直ぐ歩き出し……俺の胴に抱きついた!
「少なくとも一年くらいは許せへん。だからすぐ、この人についていく! 地上でサッカーする!」
「ええっ!?」
驚く一同にレイさんはもっと衝撃の宣言を告げる。
「一年後に来る気があったら来てもええしこんでもええ。もっともその頃には、ウチは家の子やなくてこの人の家に嫁いでいるかもしれんけど」
「はあ!?」
続く一瞬。俺は原稿を折り曲げない為、レイさんが抱きついてきた時に咄嗟に両腕を上げていたので「それ」を防ぎようがなかった。
「よろしくな、相方……ちゅっ」
レイさんの柔らかい唇が俺の唇を塞いだ。カフェオレのような匂いと僅かに残る彼女の涙の味が舌に触れた。
「む~!!」
「レイちゃん!」
「おまえ!」
「ほう、やるじゃん」
「にゃんと! 最高でござる~! きゅう」
驚くレイさんの父母に喜ぶステフ、そしてもっと喜んだリストさんが歓声をあげつつ気を失う音が重なった。
「ああ、リストさん!」
口を塞いで俺とレイさんを見ていたナリンさんが、慌てて床に倒れたリストさんの介抱へ向かう。
「『ボックストゥボックス』じゃなくて『マウストゥマウス』してもうたね。でもこれでウチも相方の箱の中やわ。責任とってや?」
そう悪戯っぽく笑うレイさんは年相応の少女らしくとても愛らしい姿だった。前に見た悲愴さや冷たさはない。いやたぶんこれが本来の姿だったのだろう。
などと冷静に分析している場合じゃないが!
「いやレイさん『ボックストゥボックス』てそういう意味じゃなくてというかそんな事を言ってる場合じゃなくて監督と選手は……」
「おめーら…何さしとるんじゃ?」
そこへ年老いた男性の当惑した声が響いた。
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