第65話

 宿の部屋に戻るとスワッグは何回目かの魔法円盤を視聴し、ステフはベッドの上でヘッドホンをつけてゲームをしていた。互いに干渉しないけど同じ部屋で遊ぶ中学生男子かよ。

「お、お帰り~」

「どうだったぴよ? トレパーちゃんとカペラちゃんはどっちも良い子だったぴい?」

 映像を停止し、興味深々で訊ねてくるスワッグを制し、俺とナリンさんはそれぞれ椅子に座る。

「つかれた……」

「久しぶりに、その、まあまあ走りまして……」

 お互い荒い息を吐きつつ顔を見合わせ、少し気恥ずかしくなってさっと視線を外す。

「それはおつかれさまぴい?」

「おまえ等……なんか空気がエロいな!」

 この子ったらまた直球で!

「ちょっと警備の方に呼び止められそうになったので、逃げただけです! あの、自分は部屋で今日のデータをまとめてきますね!」

 ステフの言葉にナリンさんは赤面すると、素早く立ち上がり自分の部屋へと消えた。

「おまえ等……やった? 野外フェスの後でサカるファン乱交的な?」

「違う! そもそも握手会はフェスじゃないだろ!」

 やったと言えばやったけど欲情してじゃないしキスだけだ!

「そうだぴよ! 健全な握手会をそんな目で見るなぴい!」

 スワッグも援護射撃を送ってくれる。

「そうなのか。アタシはてっきり追っ手のオークを撒く為に、カップルのフリをしてぶちゅーっとキスしちゃったからちょっと気不味いのかと」

「そんな訳あるか!」

 あったが。いやしかし、やけに具体的だな? 警備の方がオークって言ったけ? 俺はある推測が思い浮かんで質問を口にした。

「ところでスワッグ。ステフはずっとここにいた?」

「いーたーぴーよー。ずっとゲームをしてましたぴい」

 そしてどこか遠くを見ながら答えるスワッグと、さっと顔を背けるステフを眺める。

「『なんでアタシにじゃなくスワッグに聞くんだ?』とか言わないんだな、ステフ?」

「あ、ああ! そうだよ、アタシに聞けよ~。ま、ずっとゲームしてたけどな~」

 そうか、と呟きながら俺は鞄からあるプロマイドを取り出した。

「ところでスワッグ。俺の手元には握手会会場限定で配布されたジェーンちゃんのプロマイドがある」

「ステフは本当は二人が出てすぐ自分も出て行ったぴよ」

 さすが鳥だけにぴよぴよ歌う仲間を売って供述することな~。ちなみにジェーンちゃん、とは言うまでもなくスワッグの推しメンである。

「なっ! 裏切り者!」

「裏切り者はどっちかなステファニーさん?」

 俺は賄賂をスワッグに渡した後、ステフに近づく。

「おっとそれはちょい怒った時に相手の名前をフルネームで呼んだりするハリウッド映画的な?」

 ハリウッド映画だと? やはりお前か。

「見てたのに手助けしてくれなかったんだな?」

 ステフの事だからアーロンスタジアムの時の様に、魔法で姿を消してこっそり見守る事も可能だ。というか実際に見ていたのだろう。

「ごめん! いや、助けよう! と思ったらナリンちゃんが機転を効かしてやり過ごしたからさ~」

 ステフは両手を合わせて頭を下げた。

「ほーそうか。あれ凄かったよなー。どうやって思いついたんだろ?」

「いやマジ凄いよなー。ナリンちゃん意外と大胆!」

 そして合わせた手を頬に当てて首を傾げて媚びを売る。

「そう言えばさっきの話だけどさ」

「なに?」

「俺は別にちょい怒ってない」

「良かったー」

 そう言いながら俺は安心したステフの肩を片手で掴む。

「ちょいじゃなくてすっごい怒っている」

「あはは! またその言い回しも映画的なー」

 ステフは機嫌を取るように微笑みかけてきたが、俺が逆の手に掴んでいるものを見て表情を凍りつかせた。

「あ、それは!」

「こういうお仕置きは映画で観たか?」

 そう言いながら俺は、彼女愛用の携帯ゲーム機から素早くメモリーカードを抜いた。

「待って! それにはアタシの対戦ゲームのレコードとクライマックスに差し掛かったRPGのセーブデータが!」

「ナリンさんに追っ手を誤魔化す手段としてああいうのを教えたのはステファニー、お前だな?」

 ステフは焦った顔で俺の顔と手中のメモリーカードとを交互にみやっていたが、やがて観念したように頷いた。

「ああ。昨日、二人でリスト作成している時にBGM代わりに映画を流していてそういうシーンがあったんで……」

 おう、そうか。まあその時間は俺とスワッグもライブの円盤を観てたのであまり強く言えないな。

「んで、ショーキチを巡る恋の鞘当てにナリンちゃんも参戦したらもっと面白いかな~って」

 前言撤回。俺をどうにかするのはまだ良いが、ナリンさんをそんな事に巻き込もうとは……許せん!

「罰としてこれはしばらく預かる。じゃあ、お休み」

 俺はそう言ってカードを持ったまま素早く部屋を出た。背後に閉めたドアの向こうからステフの絶望の叫びが微かに聞こえた。

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