第30話

「おっけー! みんなは休んでて。リーシャさんはこっち」

 小一時間ほどシュート練習をした後、俺は皆に休憩を呼びかけリーシャさんを逆のゴールへ誘った。

「さっきまでのは形の無い中でゴールを決める練習だったけど、今度は決定的なパターンを練習して貰うよ」

 俺はペナルティエリア角に立って続ける。

「この辺り。時代によってはデルピエロゾーンだったりアンリだったりネイマールだったりするけど。右利きの選手がここへ流れてきて真ん中へカットインしてシュート。シュートの軌道はあの駕籠の通り」

 俺は先ほど並べた駕籠たちを指さす。

「あのコースは所謂『GKからすれば分かっていても取れない』てやつだから。実際は打ち分けたりパスしたりする事もあるだろうけど、先ずはあの軌道で確実に決められるようになって欲しい」

「GKは立てないの?」

「ああ。ユイノさんの仕事はパスを出す方だ。君はあのラインより後ろからスタートして。で、ユイノさんが出したパスにこのエリアで追いついて……後はさっき言った通り」

 リーシャさんの顔が少し明るくなった。彼女たちの新しい夢……ユイノさんのパスでリーシャさんがゴールを決める。それを思い出したのだろう。

 いや、実際はユイノさんからのパスでこうなる数は多くはないだろうけど。引いて守ってから誰かのパス一本でカウンター。これも武器にしておきたいのだ。

「よし、やるわよユイノー!」

 リーシャさんは気合いの入った声を出し、ポジションへ賭け出して行った。


 PA内で待ち構えてのシュート、ラインからパス一本で抜け出しカットインしてシュート。それぞれの練習を20分ほど行った後、今度はそれを合体させた練習――ユイノさんがシュートを首尾良くキャッチしたら、今度はリーシャさんが逆のゴール方向へ走ってパスを受ける――を20分。その1時間を1セットとする事にした。その中でナリンさんが所々、技術的なアドバイスを両者に行い、俺がボール拾いをしながら子供たちにセンタリングの種類をこっそり変えて貰ったりユイノさんの代わりにパスを出したりという形だ。

 初日は都合2時間程度の練習だったが、リーシャさん的には「カウンターでサイドに流れてカットインシュート」の練習の方が遙かにやり易そうだった。やはりああいうエリアに全力で走り込むのは元WGプレイヤーとしての血が騒ぐ十八番のであろう。

 ちなみにこの練習は俺とナリンさんが視察旅行に出た後も続けて貰う予定である。俺たちの代わりは練習を手伝ってくれる子供たちの中から適任者――年長で理解力もテクニックもある子――を探し出してあった。もちろん、給料は出す。

 旅行から帰った時に両者ともモノになっていれば……そう思いながらその日の練習は終わった。


 次の日は視察旅行のガイドさん達と面談の日だった。俺はナリンさんを伴って約束の酒場にいた。

「なんか……イメージと違いますね」

 ナリンさんはエルフワインの入ったグラスを指で撫でながら言った。確かにダリオさんからは「酒場」と聞いていた筈だったが、店内にはかなり大きなステージがあり「飲食もできる劇場」という方が相応しかった。

「そうですね。もっと商談とか密談とかしそうな酒場かと……」

「よう、お前ら! 久しぶり、盛り上がってる?」

 急に大きな声が割り込み、右腕に酒瓶を持った誰かが俺たちのテーブルに座った。青い髪、楽器、右耳に派手なピアス……ティアさんだ。

「ティア! 元気そうね、とりあえず椅子の方に座りなさい」

 ナリンさんは冷静に着席を促す。

「お前等じゃなくて監督とコーチ、な。俺たちは元気だけど……ティアさんはどうなの? お仕事は?」

「ちょっと前に終わっちまったよ。さてはお前等、最高のステージを見逃したな?」

 ティアさんは舞台の方を指差した。そちらではなんと、グリフォンとエルフの少女というコンビが芸を披露している。

「え? 出てたの?」

 働いていると聞いていたが、まさか出演者の方だったとは。

「もちろん。まあ『スワッグステップ』も悪くないぜ。見とけよ?」

 どうもあのコンビ名らしい。ステージ上ではエルフの少女が音符型をした奇妙な装置を操作して曲を奏で、グリフォンがそれに併せて軽快に踊っていた。『イケてる足取り(スワッグステップ)』か。

「いやまあ確かに面白いけど……。俺たち、待ち合わせなんだ」

「誰と?」

「私たち、視察旅行に出るの。それで……」

 ナリンさんが説明を始めた。ティアさんは視線を舞台に、たまに酒瓶を口に運びながら聞いていたが最後に口を開いた。

「ゴブリンとハーピィーを優先的に叩くのか。現実的だな」

 お前、ながら聞きでよくそれを見抜いたな?

「悪いな、手堅くて」

「別にいいぜ。あの時みたいに面白いサッカードウするなら。今度は準備時間がもっとあるんだ、色々やるつもりなんだろ?」

 ティアさんは挑戦的に片方の眉を上げた。悔しいがやはり彼女には色々と見抜かれているようだ。

「そうだね。でも通じる通じないがあるから、相手チームを見て取捨選択する事になる。視察はその為でもあるんだ」

「その為には早く出発したほうがいいかもぴよ?」

 聞き慣れない声がすぐ脇からした。

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