第31話

 声の方へ振り向くと、そこには舞台上にいた筈のエルフの少女と、何故か普通の猛禽類程度に縮まったグリフォンがいた。

「おう、スワッグ、ステファニー、お疲れ!」

 ティアさんが酒瓶を投げた。少女の肩に留まっていたチビグリフォンが飛び上がり、觜で見事にキャッチしてグビグビと呑む。

「ティアもお疲れー。お、そちらがショーキチとナリンだな。宜しく!」 

 少女は空いている席に座り、手を差し出す。

「ステファニーだ。ステフで良い。アレは相棒のスワッグ。二人でお前たちの護衛兼ガイドをする。楽しみだな!」

「えっ!? 君が……!?」

 俺は出された手を握るのも忘れて固まった。

「エルフ最強の剣士?」

 クリロナどころか、ステフさんは本当に小柄で若く見える少女だった。芸人らしく派手な衣装と羽根飾りのついた帽子を身に纏っている。

「まあな。この剣が何人の血を吸ってきたことか……くくく」

 彼女はマントを翻し、腰に吊した長剣をみせつけてきた。普通の剣にしか見えない。それよりも、隣に差した道具の方が気になる。

「電池?」

 先ほど、舞台の上で使用していた装置だ。音符を大きくしたような形の。頭にあたる部分に目と口が書いてあり、半透明の中には電子機器の基盤らしきものと電池が見えている。

「ああ、これか? オタ○トーンだ。お前の世界のだろ?」

「はあ!?」

 確かに。これはこちらの世界へ来て久しくみていない「電子機器」だ。いや、電子楽器というべきか。

「そうだと思うけど……なんで?」

「ああ、知らないのか。彼女はダスクエルフなんだ」

 混乱する俺にティアさんが助け船を出して説明してくれた。


 ステフさんの正体はまた別のエルフ種族「ダスクエルフ」。エルフの中でも俺たちが想像する「妖精」に最も近く、普段は「狭間の世界」という所に済んでいるらしい。

 「狭間の世界」は俺のいた地球やこの世界、はたまた他の世界の間に存在する不可思議な場所で、その性質は変幻自在。様々な世界の生物や物質が流れ込み、住人もその影響で予測不可能な力を持っている。

 だから地球の電子機器も、この世界の魔法も、別の世界の超能力も使えたりする。この世界のエルフからしても「不思議な妖精」で見た目は似ていても本質は理解不可能。だからダスク――昼でも夜でもない夕暮れ――エルフなのだそうだ。

「ナリに騙されるな。こいつは色々知ってて強いぞ?」

 ティアさんがそう言うと、ステフさんはニヤリと笑って一挙動で俺の胸元のアミュレットを掴み顔を近づけた。

「ステフで良いって。この通り、魔法装置も無力化できるしそっちの言葉日本語も話す」

 心が読めるのか!? ステフさん……ステフがアミュレットを握ると周囲の言葉が知らないものになり、彼女の口からだけ馴染みのある言語が流れた。

「随分、色んな能力をお持ちですね」

 彼女の方が物語の主人公みたいなスペックだ。

「そう言うお前の方だけどさ?」

 ステフはアミュレットを掴んだまま俺をなめ回すように言う。

「割と普通の顔だし能力も普通の地球人だよな? どんな手管を駆使してたらしこんだ? 代表の女子、どれくらい抱いた?」

 ぶはっ! とナリンさんが飲みかけのエルフワインを吹き出した。

「しょっ、ショーキチ殿は誰も抱いていません! いませんよね!?」

「はい! 諸々に誓って!」

「マジか? だってティアですらお前を見て化粧直してから楽屋を出たんだぜ?」

 それこそ「マジか?」てヤツだ。その言葉に俺とナリンさんは顔を見合わせてティアさんの方を向いた。ただ一人、言葉の分からないティアさんは

「なんだよ?」

 という表情でにらみ返してくるが……確かにその顔は試合中よりずっと整えられている。上手く言えないけど舞台用のメイクとはまた違った感じだ。

「いや、本当にそういう事は……」

「そっかー。これからかー」

「これからもありません!」

 ナリンさんが素早く否定してくれる。

「ま、ナリンがいるなら日本語で内緒話もできないし言わないか」

 ステフはようやくアミュレットから手を離し、元の位置へ戻った。

「そういう訳じゃありません!」

「お前等、私を放っておいて何を話していたんだ?」

 ようやく会話に加われるようになったティアさんが訪ねる。不味い、上手く誤魔化さないと。

「いや、ステフさん日本語上手ですねーって」

「ふーん?」

 ティアさんは疑いの目だ。

「まあアニメ観たいしな。でもスワッグの方が上手だ。あいつはオンドゥル語もゼントラーディ語もドスラク語も話す」

「ナズェミデルンディスぴよ?」

 いや酒を飲みながら言語を話す小さなグリフォンなんか見とれるに決まってるだろ。てか特撮から洋ドラまで押さえてんのか。

「スワッグは今でこそこんな姿だけどな。本来は『時空を渡る風の王』の眷属なんだ。アタシより顔は広い」

 じゃあ『あらゆる種族に顔が聞く』てこっちか! 後の単語は全く理解できなかったが凄そうだ。

「何ですかその眷属? 教えて下さい」

 話題を変えるチャンスに俺はすぐさま飛びついた。意を汲んでかステフが続ける。

「コイツらはあらゆる世界を越えて吹く風の精霊みたいな存在でな。お祖父さんは大層、偉いヤツらしいんだが。スワッグはちょっとボンクラなもんで、追い出されたんだよ」

「『トモダチ1万人作るまで帰って来るな』て言われてるぴよ。ステフ、アレを出すぴよ」

 スワッグの言葉にステフは懐からデカい冊子みたいなモノを取り出した。リングで1ページづつ付け外しできる手帳のようだが、表紙に何か書いてある。

「トモダチ手帳?」

「おう。スワッグのトモダチ1万人計画に協力してやってくれ。ほら、ナリンも書く」

 ステフは手帳から新しいページを取り外し、ペンと一緒に俺たちに渡した。名前、生年月日、得意な科目……。

「これってさ、クラス替えや卒業の時にクラスメイトに頼んで書いて貰うやつ?」

「そうだ。お前にしたら懐かしいだろ?」

 狭間の世界って何でも流れ込むのな。俺は苦笑しながら書き込みを開始する。

「懐かしいと言うか恥ずかしいと言うか。でもそうか、だから色んな方面に顔が効くようになったんだな?」

「そうぴよ。ちゃんとトモダチを1万人作った証拠にもなるぴよ。ちょっとナリン、恥ずかしがって『好きな人』の名前を消すなぴよ!」

 いやナリンさんそこ真面目に書くなよ!

「あ、いい加減、真面目な話をしたいんだけど……。視察旅行の護衛とガイド、本契約って事で良いのかな?」

 今日の面談……この会談の結果で正式決定するという話だった。性格が随分軽いお二人だが、実力の程は間違いなさそうだ。こちらとしては是非ともお願いしたい。

「アタシはおっけーだ。道中で地球の話も聞きたいしな。スワッグは?」 

 ステフが問いかけるとスワッグはグリフォンじゃない俺でも分かるようなドヤ顔で言った。

「もちろんおっけーぴよ。それを書いてくれたからにはもうトモダチだから、友達料金で」

 いや別にオチてねーぞ。案の定、笑ったのはティアさんだけだった。

「えっとじゃあ行程の話から……」

 俺はナリンさんに合図して旅の予定表を出して貰った。その後、散々話が横に逸れたりティアさんの茶々を受けたりしながらも俺たちはなんとか打ち合わせを終えるのだった。

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