第7話
審判ドラゴンさんの(かなりウルサい)笛が鳴り、こちらボールで後半が始まった。エルフ側エンドは都合良くベンチ側なので気兼ねすることなく前へ進み出てDFライン手前のティアさんに話しかける。
「どう? やれそう? って聞いて下さい」
『様子はどう、ティア?』
『悪くないぜ。戸惑ってるけどな』
「戸惑っているぜ、だそうであります」
そりゃそうだろう。恐らくミノタウロス女子が……いやスタジアムのほとんどが見た事のないフラットな3バック、DFがそのまま揃った中盤、両サイドがタッチラインギリギリまで広がった(左のダリオさんと右のリーシャさんには「常にタッチラインを跨ぐ気持ちで」と伝えてある)3TOP。 特にミノタウロスの3バックは誰がどこまでどのFWについて行くのか、決めかねている様子だった。
「対応される前に……て、あれ?」
元DFで今はMFのエルフたちでパスがずれ、相手ボールになると同時に一気に攻めのスピードが上がった。
「やべ、遅攻のこと教えてなかった!」
『戸惑っている』てエルフ側の事でもあったんだ! しかも速攻過ぎて俺もオフサイドトラップのタイミングを失ってる!
「うおおおおはずせ!」
祈りながらもDFラインに遅れてボールを追う。幸い、シャマーさんに軽く足を引っかけられながらミノタウロスFWが撃ったシュートはGKに難なくキャッチされた。
「やばかった……って今だ! 上がれ!」
俺は叫んで腕を振る。DFラインは「え? 相手ボールじゃないのに?」という顔で止まったが、ナリンさんも追従して「上がれ!」と叫ぶと三人揃ってセンターラインへ疾走を始める。
始めると同時にGKがパントキックでボールを相手陣へ送り、ミノタウロスDFがそれを跳ね返し、その三人がセンターサークル手前まで来た頃にはボールは彼女らの間をすり抜けて、きょとんとしているミノタウロスFWの元へ帰ってきた。
「オフサイド!」
俺が叫んだ半瞬後に副審が尻尾と旗を大きく上げた。笛が鳴って審判ドラゴンさんも尻尾を上げる。恐らく間接FKの意味、つまりオフサイドが取れたって事だ。
「ティアさん!」
『おう、よこせや堕牛!』
俺の意を汲んだティアさんが何か口汚さそうな事を叫びながら猛ダッシュでボールを奪い、副審の示す位置へボールをセットするとワンステップでパスを出す。まだ何が起きたか認識できてなさそうな選手たちの間を縫い、ボールはカイヤさんの足元へ届いた。
そして驚いたミノタウロスMFが「この選手どこから来た?」という顔で守備に入る鼻先でカイヤさんはリズムよくパスをダリオさんの足元へ繋ぐ。
「頼むぞダリオさん……!」
左サイドタッチライン際フリー。予想通りミノタウロスのDFはそこまで開いて守備をしていない。十分距離があるのを確認したダリオさんはボールを左足前にトラップし……
ボールを左足で切り返して中央に進み、右足で渾身のシュートを放ってミノタウロスDFの鳩尾に撃ち込んだ!
「モオオオオオ!」
悶絶しながらも、あっぱれそのDFはボールをサイドラインに蹴り出したのち、ピッチに崩れ落ちる。
『うぉぉぉぉ!』
「違うやろー!」
歓声と溜息に満ちるスタジアムで、俺だけが頭を抱えていた。あれだけ説明したのに、初手から違うプレイするんかい!
……いや、頭を抱えているのは俺だけじゃない。ダリオさんもだった。審判が試合を止めメディカルスタッフを呼び入れる中で、倒れるミノタウロスDFに詫びを入れた後に頭を抱えつつ申し訳なさそうに俺の方を見る。
ナリンさんを呼んで指示の徹底を伝えて貰う? いや、違うな。俺は頭にあった手を顔の横まで移動し、一気に中心へ寄せておたふくのような顔を作った。
『ぶっ!』
さすがエルフ族、眼が良い。俺の顔に気づいて何か言いつつ笑うダリオさんに軽く手を振り、低い軌道を示す。
「ナイスアイデア! でも次はお願いな!」
の意味を込めた手振り。言葉は通じないがたぶん、分かってくれただろう。
「ショーキチ殿! 伝えましょうか?」
「いや、ダリオさんはアレで大丈夫。次はやってくれるでしょう。それより遅攻の方だ。中盤の4人を呼んで下さい」
鳩尾を強打したミノタウロスさんは復活しつつある。急いで集めた4人に、俺は
「迷ったら相手コーナーフラッグ目指して蹴れ」
とだけ伝えて貰った。
ソリボールを通り越してラグビー的手段だが、これだけサッカーの戦術というものが発展していない世界なら、スローインも上手くはないだろう、という読みからだ。それを奪ってチャンスを作ろう。
いやこちらもプレスのかけ方とかないけどさ。
案の定というか、エルフのスローインで再開された試合はあっさりとミノタウロス側ボールになった。こっちもスローインが下手って事だな、くっそ。
「いいぞ……いいぞ……よし、上がれ!」
緩い横パスがミノタウロスの右WBに渡り、内に切り返して前線にパスを送ろうとする流れ。その「内に切り返す」為に下を向いたタイミングで俺は声をかけてピッチすぐ外を駆け上がる。
「オフサイド!」
叫ぶ三人がボールへ追いつくより先に旗が上がる。よし、今度のは闇雲じゃない。完璧に「奪いに行った」オフサイドトラップだ。
『カイヤー!』
シャマーさんはセットしたボールをキックする。例によって中盤へ下がったカイヤさんは今度はターンせず、ボールに少しだけ触って角度を変えてダリオさんの元へ再び届ける。フリックやん。そんなんできるんすか!?
「今度こそ頼むぞ姫様……」
祈る俺と逆側の左サイドラインで、ダリオさんは距離を詰めかねるミノタウロス右CBを迂回するような低いクロスを放った。
彼女の左足から離れたボールはその右CB、スイーパーとGKの間、左CBの眼前をバウンドしながら旅し、無人のコーナーへ……と転がる間に、右タッチラインから猛スピードで走りこんできたリーシャさんの足元に収まった。
『もう、角度無いじゃない!』
「君なら『抜ける』だろ、リーシャさん」
ゴールが見えなくても良い。GKを対面するSBだと思って抜いてみて、と彼女には伝えてあった。抜いた先がゴールだ。ゴールの正確な場所は、GKの立ち位置が彼女に教えてくれる。
『バカじゃないの!?』
彼女は大きく開いたGKの足の間にボールを通し、自身は大きく迂回してボールへ追いつこうとする。しかし、できなかった。
何故ならボールだけ先にゴールネットの中へ吸い込まれてしまったからだ。
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