第6話
0-2になって帰ってきた出場選手たちを迎えたドレッシングルームはさながら野戦病院の様だった。これがミノタウロスのチームと真っ向から闘うという意味か……。
「はあ!? あんた、誰?」
俺が部屋に入ると、確か右で良いドリブル突破をしていた中盤の選手がいきなり大声を出す。この子も例によってエルフらしい整った顔立ちに綺麗な切れ目をしている美人さんだ……美人さんだが、今は殺気立って怖いくらいだ。
「この人は、クラマさんとみたいに地球から来たサッカードウ伝道師、ショーキチさんだよ~。みんなを助けてくれるみたいだから、ちゃんとお礼言って~」
カイヤさんが柔らかい口調で口添えしてくれた。おや? サッカードウ伝道師って?
「それは本当ですか?」
ずずい、と別のエルフさんが出てくる。てかこれもエルフでアレもエルフ。このあたりにいるエルフ的なものはみんな女エルフだ。
「そうです。でも細かい所を説明している時間は無い。監督さんと話をさせて下さい」
「私が監督です。ダリオと申します」
そう言って目の前の彼女は握手の手を差し出す。その腕にはキャプテンマークそしてユニフォームの胸には10番。例のエース様だが監督兼とは……プレイングマネージャーってやつか。
「どうも初めまして。俺は地球から来たショウキチと申します。俺の作戦を聞いて下さい」
出された手を握り返しながら、ダリオさんの目を見つめる。全体的に意志の強さを感じさせる顔立ちだ。
「何言ってんのよ! 部外者にこの試合の重要性が分かるの!?」
再びさっきの子が絡んできた。くそ、交代で下げてやりたい……。
「重要性は重要じゃないよう。クスクス」
一人、カイヤさんは自分の台詞に受けつつ続ける。
「リーシャこそプレッシャーでプレイが固かったんじゃない? 大丈夫、彼の話を聞いてみたけど理に適ってたよ。やってみる価値はあるんじゃないかな?」
「まあ! カイヤがそう言うなら……」
ダリオさんとカイヤさんは意味ありげな視線を交わしながら頷く。謎の信頼感。どういうキャラなんだカイヤさん?
「では。まず交代は4人。隣で練習している3人と、カイヤさんです」
「え! いけません、カイヤは……」
「いいの! 出るって決めたし作戦詳しく聞いたのも私だし役目もあるし」
反論しかけたダリオさんを一言で封じ込める。あーこれ気になるけど今は時間がねえ!
「フォーメーションは343で。あっちの3人がそのまま3バックになります。今のDFライン4人はそのまま中盤に上がって下さい。で、ダリオさんカイヤさんリーシャさんがこういう形の3TOPになります」
俺は図に描いて彼女らに指し示す。
「はあ? アタシ、FWなんて無理よ!」
「リーシャ!」
俺が何か言うより先にダリオさんがリーシャさんを咎める。お前さっきから文句しか言ってこないな? ここは俺からも言っておいた方が良いだろう。
「リーシャさん。今の苦境の責任の一端は貴女にある。貴女はせっかく良いドリブルを持っているのに、抜いて上げるのに拘り過ぎだしセンタリングも全然駄目だ。あんなに緩い、FW任せの無責任なボールじゃ中が可哀想だ」
「え……」
何か反論が来るか!? と思ったが何故か彼女は表情を凍らせて黙ってしまった。
「ショウキチさん、リーシャはその……」
「ダリオさん。貴女にも責任がある。というか責任感があり過ぎる。FWなんだから本来、中で待ってて欲しいのにあっちに行ってこっちに行って肝心な時にいるべき場所にいない。あとプレイが正直過ぎて狙いがバレバレだ」
俺の言葉に今度は部屋全体が固まった。そうだよな、本来なら後半へ向けて士気を上げるべき時に駄目出しなんかしてもしゃーない。
それでも敢えてこの二人に厳し目の言葉をかけたのは、この二人にだけは最後まで走り切って貰う必要があるからだ。そのモチベーションが俺への怒りでも良い。
「なので、二人には前半と全く違うプレイをして貰いたい。聞いて下さい」
俺は部屋に備え付けの黒板に図を描き、カイヤさんにしたのと同じような説明を始めた……。
その後、中盤に上がる元DFの4人にも指示をだし、交代の4人を審判団に提出し、ダリオさんの檄を聞いてチームは控え室からピッチへ飛び出して行った。俺もスタッフパスを一名から譲って貰いナリンさんを伴ってベンチへ向かう。
トンネルのような通路を抜けて屋外へ出たと同時に何か不思議な感覚に包まれ、さっきまで分かっていた言葉が急に「意味不明のモノ」へ変化した。そっか、翻訳の魔法が切れたんだ。
「ナリンさん! また言葉が分からなくなったんで通訳お願いします」
「了解であります!」
口調が戻った彼女はすっと背を伸ばして隣に立ち歩みを揃える。
「片時も側を離れず、一緒にいて下さいね?」
「はい! 分かったで……ありますぅ……」
顔を赤らめるナリンさん。少し変な空気になってしまった。
「あーいやーはっはっは」
意味のない言葉を発しながらベンチへ到達し屈伸やアキレス腱伸ばしをする。俺もDFラインの三人と同程度には走らないといけないからだ。
しかしこのベンチ……透明な屋根もあるしクッション付きの椅子もあるし、俺のいた世界と同じだ。よくできてるな、これ。
「あーそっだ、ダリオさんですけど」
「はい?」
まだ残る変な空気を払いたくて話題をみつけた。
「後半へ向けての一言も上手いし人をまとめるのも上手いし、ザ・キャプテン! て感じですね」
「はい、姫でありますから」
「姫? それって概念的な意味で?」
サークルの、とか部署の、とかね。
「いえ。ドーンエルフ族の『残雪溶かす朝の光』王国の64代姫殿下であります。やはり現王レブロンが帝王学をしっかり教育されているでありますね!」
え……マジモンの王族!? そんなエルフがサッカードウをやってて俺、そんな人にダメ出ししちゃったの!? 試合終わったら処刑されるんじゃ……
「ナリンさん。お願いがあります」
「はい?」
「試合が終わったら一緒に国境まで逃げて下さい……!」
慌てる俺に目を丸くしたナリンさんだったが、説明を聞いて吹き出してしまった。
「大丈夫であります。姫はそこまで狭量じゃありませんし、あくまでもサッカードウでの話でありますから」
「だと良いのですが。……あの、俺がこの世界での常識的な態度から少しでも外れた言動をやっちゃいそうなら、すぐにアドバイスをして下さいね? どんな状況によらず、です」
「はい。了解であります」
そう言いながらもナリンさんは再び笑う。あ、この子こんな顔して笑うんだ。
「それはそうとして、お誘いありがとうであります」
「いえどういたしまして」
「控え室にいる間にさらに失点してしまいましたが……逆転できますよね?」
彼女の笑顔をもっと見たいと思った。いや、彼女じゃなくて彼女ら、だ。
「いけますよ。だって地球ではこう言うんですよ」
俺は溜めに溜めてドヤ顔で言った。
「2-0は危険なスコア、て」
反応は限りなく薄かった。
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