第2話 意味ありげな荷物→から→美少年!
「予想はしていたけど……やっぱり、なーんかヤバげな雰囲気よね」
「聞こえるぞ」
「聞かせてるんだけどな」
王宮から差し向けられた、やけに時代のかかった飾りの施された小型のクルーザーに揺られながら巨大なアーチをくぐる。
かつて、帝国の軍門に降る前に使われていたという旧王宮は当時の偉容をそのままとどめていた。天を突く尖塔も広大な港湾も、まるで時間が止まったかのようだ。
「兵共が夢の跡、か」
「なーんか、こう不気味だよね」
やがてクルーザーは水路を抜けて王宮の中央部、その昔は
マリィたちが星系内にワープアウトした時点ですでに連絡が入っていたのか、すでに広場の中央には数人のいかにも貴族然とした一行が待ち構えている。
「ようこそ、マーリアへ。領主に代わり、歓迎致します」
そう頭を下げたのはマリィよりも少し年上、おそらく二十代半ばほどの妙齢の女性だった。
「お招き、感謝します――」
「フレイア・デ・アヴィエロと申します。フレイアとお呼びいただければ」
「フレイア様、でございますね」
営業スマイルで応じながら、マリィはそっと自身の能力を駆使して惑星のネットワークにアクセス。目の前の女性のデータを検索してみた。
特に秘匿されてるわけでも無いらしく、映像データからの照合で簡単にデータが戻ってくる。
マーリア王国現国王の
(うわ。思ったよりもすごい人が出てきちゃったよ)
(驚くのは後にしてくれ。それから、笑顔を崩すんじゃない)
思わず驚きの言葉が出かかったところで、脇でちょこんと座り込んでいるルフにそう促され、改めて笑顔に力を込める。
「改めまして。私が当組合所属の専属運送担当者のマリィ・ガルドと申します。こちらはルフ。見ての通りの非人類型異星生命体ですが、能力には何も問題ございませんのでご安心ください」
ペコリ、と隣でお座り状態のルフが頭を下げる。
「ええ。存じております。そして
「はい。今後ともよしなに」
すっと足を引いて、帝国貴族流の作法に従い頭を下げる。フレイアから見えない角度で思わずマリィは舌を出す。
こちらも調べていたのであまり人のことは言えないが、やはり事前に調べられていたと思うと良い気分はしない。
(船長代行だって)
(こっちのことは全部お見通しということだな。ま、でなければ指名依頼なんてしてこないだろうが)
(やな感じ)
(クライアントだ。文句を言うな)
再び笑顔に戻って、顔を上げる。
「それで私共にご用命の荷物というのは……?」
「そうですね。こちらです」
フレイアが指輪を
形といい大きさといい、どことなく
「あれは?」
「領主一族に代々伝えられている、我々の始祖――アルド航海王が残した遺産の1つです。その多くはすでに活用されたり帝国に徴集されたりしましたが、これだけは今ままで守り通して来ました。運んでいただきたいものというのは、この航海王の秘宝なのです」
フレイアは笑みを深めると、
†
「どう考えても、怪しいわよね。これ」
「まあ、そうだな」
丁寧に搬入された聖筺を見下ろしながら、マリィは腕を組んでうなり声を上げた。その隣ではルフが同じように触腕をうねらせながら同じように聖筺を見上げている。
〝
その滅多に使われない特別室の中央に安置された神聖な
結局、
「帝国に屈した王国が代々守ってきたお宝を信頼出来る筋に託すために、こっそりと運び出す、か。ルフ、何かわかった?」
「まあ、通り一遍の紳士録程度だが。送り先の座標はマーリア王家の分家筋の星間国家の領域の近くだな。こちらはまだ帝国の版図に組み入れられていないようだが」
「ふーん。独立王家の親戚筋か。それなら、まあ……理解は出来るかな」
帝国が武断主義的な拡大路線から方針を変更して、すでにかなりの年月が経過している。
このため、帝国の領域内に極めて近い場合でも、敵対さえしなければ独立した勢力として黙認するというのが帝国の基本的な方針になっていた。
マーリア王家の分家筋であったとしても、帝国から独立した星間国家であれば強権をもって内政干渉というのは可能ではあってもあまり現実味は無い。
確かに王家の秘宝を託す相手としてはうってつけと言える。
「ただなあ。それならば、私たちのような零細の運び屋なんぞに声をかけずともいくらでも方法はあるというのがな」
「だよね。自分の国の軍隊使ってもいいし、自分の国の民間業者だっていくらでもあるもんね」
マーリア王家の言い分は理解出来るが、それでもマリィを選んだ理由がわからない。その気になればいくらでも秘密裏に運び出すことは可能なはずで、わざわざ部外者を呼び寄せる理由はない。
「そもそも、これって本物かな? 囮とかに使われたとか?」
マリィの考えはどちらかというと映画や映像コンテンツの発想だが、あり得ない話では無い。重要な情報などは実際に中身を秘匿したまま複数のチャンネルを使うというのは実際によく使われている通信手段の1つだ。
いわば目くらましなわけで、それならば納得出来ないことは無い。
だが、筺を調べていたルフは首を横に振って見せた。
「さすがに航海王の遺産ってのは眉唾だが、囮というには贅沢すぎるな。使われてる貴金属も天然物ばかりだし、飾りの宝飾品もイミテーションは無し。なによりもシールドが厳重すぎる」
艦内のセンサーをフル動員して
「何をやってるかと思ったら。それで、全然ダメ?」
「位相波まで当ててみたが、まったく通らない。使われてるシールドだけでも一財産っていう代物だそ、こいつは。中に何が入ってるかは知らんが、そこらの美術品や宝飾品ぐらいじゃまるで釣り合わん。筺の方がずっと価値がある」
「そんなに
ルフの言葉にマリィは改めて、棺のような外観の
「それだと、囮ってのはないか」
「そういうことだな。ただ、開け方そのものは割と普通だが」
「そうなの?」
「ああ。単純な遺伝子キーだな。資格があれば、あっさり開く。そういえば、君も一応はマーリア王家の関係者ってことにはなるんだよな。もしかしたら、開くかも知れないぞ?」
「いや、そりゃあ初代の冒険王さんだっけ? その人が私の
「案外、それがマリィを読んだ理由かもしれんぞ。今の王族は実はこの
「まっさかあ。ルフ、なんか変な番組でも見たんじゃないの?」
笑いながら、マリィはポンと筺の表面を撫でるように軽く叩いて見せた。
「ほら、ね」
「冗談だ冗談。それで、どうする?」
「中身が判らないってのはちょっと困るけど……そんなに凄い
「クライアントがクライアントだしな」
マリィの所属する運送組合に限らず、基本的にどんな運送会社であっても中身のはっきりしない荷物を引き受けると言うことは無い。
これは密輸などの犯罪に利用されたり、酷い場合にはテロ行為の片棒を担いでいた――ということが起こりうるためで、防犯上必要な措置であると広く認められている。
ただし、今回のように依頼主によっては中身不問で運ばざるを得ないというケースは往々にして発生する。
そう言った場合は当然ながら中身の補償は行わないという契約で引き受けるわけだが、今回も形式上はそういった形を取ることで契約が成立していた。
契約書としては空っぽの
「とりあえず、何があっても大丈夫なように部屋をシールドしておいてくれる?」
「了解だ。念のためにブロックごと投棄できるように隔離措置も準備しておく」
「そこまでしなくても、大丈夫だとは思うけどね。さ、晩ご飯食べちゃお。出来たら、明日には回廊に入らないと期日までに間に合わなくなっちゃう」
†
マーリア星系から送り先の星系までは、およそ800光年。途中、超空間バイパスが設置されている通称・銀河回廊を使えば1週間程度の日程になる。
もっとも回廊とは言っても、混み合うのは超空間バイパスゲートの近辺だけでしかない。ほとんどの空間は一番近い船までの距離でも、光時という単位を使わなければならないほど個々の船は孤立して航行している。
異常が発生したのは船内時間で深夜2時。マリィがベッドに潜り込んで眠りについている時間だった。
鳴り響く警報に跳ね起きたマリィはパジャマ姿のままで、私室を飛び出す。これだけは忘れていない耳元のインカムから、珍しく慌てたようなルフの声が聞こえてきた。
『マリィ! 例の部屋から異常警報だ!』
「今、向かってる! で、何が起きたの!?」
『わからん。筺からいきなりガスが吹き出した』
「ガスぅ!? まさか、毒ガスとかじゃないわよね!?」
『毒性は無い。おそらく、
「えええぇ!? 嘘ぉ!」
おっとり刀でマリィが貨物室に駆けつけると、すでにルフが難しい顔つきで部屋の前で待ち構えていた。
「室内はどんな感じ?」
「今、調べている。ガスに毒性は無いが……どうも妙な成分が検出されているな」
「妙な成分?」
「そうだ。超光速粒子に特有の成分が出ている。こんなもの、超光速機関の制御コアでも無い限り普通は使わないんだが。こいつのせいでセンサーがまるで通らん。室内の状況は今のところ不明だ」
ルフの説明を聞いていたマリィはじっと考え込んでいた顔をあげて、扉の向こうを見透かすように見つめた。
「毒性は無いんだよね?」
「無い。それは大丈夫だ」
「わかった。ガス抜いて、ドア開けちゃってくれる? とりあえず、中に入って確かめないと」
「……ブロックごと投棄っていう手もあるぞ?」
「それは最後の手段。まずは荷物を確認しなきゃ」
「了解だ――排気完了。開けるぞ」
隔離状態でロックされていた貨物室の扉がゆっくりと開いていく。ガスが抜けて視界が開けた室内には搬入時と変わらぬ姿で筺がそのまま鎮座している。
「とくに異常は無い気が……あれ?」
ゆっくりと警戒しながら筺に近づいたマリィは搬入時には見慣れないパネルが開いていることに気がついた。パネルには素っ気ない文字列で《
「
「え? どういうこと?」
「こいつは時間金庫だ! それで超光速粒子が検出されたのか……」
時間金庫という言葉で、マリィはその技術が何の保管に使われるかを思い出した。
その言葉の通り、停滞フィールドの内部では時間が静止しているか極めて遅く流れている。
このため、理論的には封入された物質が劣化したり破損することはありえない。
その目的は時間の洗礼に極めて
すなわち生命体の保護に使われるのが一般的だ。
「ってことは……わぷっ」
ゆっくりと筺の蓋が開くにつれて、充填されていた最後の停滞フィールドを維持するための
「まだ、残ってたのか。マリィ、念のために息を止めてろ。すぐに排出される!」
停滞フィールドは、その維持のために超光速粒子を必要とする。そのための充填剤に毒性は無いが、吸引するとちょっとした空間酔いを引き起こすことがある。
煙が晴れたとき、
恐る恐る中を
「なんてこった……こいつは休眠カプセルだぞ」
「人……だよね? マーリア王家のずっと昔のご先祖様かな? って、うわっ。か、かわいい! すっごい美少年じゃない!?」
「とんでもないものを見つけてしまった」
その
年の頃は12歳か13歳ぐらいだろうか。
子供と言うほど幼くはなく、青年というには若すぎる。そんな年頃だ。
「ん……」
少年の声にようやく我に返ったマリィとルフはどう説明したものかと顔を見合わせた。
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