おねショタ・ブロッケードランナー! ~トラブル多発で解雇宣告→最後の仕事で憧れの少年エースパイロットの船長をゲットです! え? 事件の後始末も忘れるな?~

長靴を嗅いだ猫

第1話 解雇宣告→から→怪しい依頼!


「マリィ。お前、クビ」

「へ?」


 いつものように請け負った仕事を無事に片付け、これまたいつものようにクレームの山を抱えて事務所に出所したマリィ・ガルドは、呆けた表情で執務机に積み上げられた書類の山に顔を向けた。


「えっと……誰がクビ?」

「お前だ、お前。マリィ・ガルド。お前のことだ」


 書類の山がモゴモゴと喋っている。

 もとい、書類の山の向こうのオフィスの主。銀河系広域運送請負組合第53ブロック長、ダニエル・ミシガンの怒りのこもった静かな声がオフィスに響く。


「は? ちょ、なんでよ! 今だって仕事終わって戻ってきたばっかなのに!? 冗談でしょ?この事務所で一番速くて一番確実で任務完遂率100%のあたしをクビ? なんかヤバイ薬でもキメてんじゃないの!?」

「……危ない薬をキメてるのも、この書類の山も、全部お前が原因だろうが!」


 ドンっと勢いよく書類の向こうから仁王立ちで姿を見せたのは、ロマンスグレーにブルーシャツの中年の男だった。

 黙っていれば渋いおじさまで通りそうな容姿だが、いかんせん今は鬼気迫るオーラが纏わり付いている。

 ありていにいって、今にもキレて光線銃レイ・ガンを乱射でもしでかしそうな、道を行く人が見れば10人が10人とも通報しそうな雰囲気だった。


「一番速くて一番確実で任務完遂率100%。それで、引き受けた仕事の数倍のクレームを背負って帰ってくるのはどういうわけだ!? 半月前の鉱山衛星からの鉱石の輸送。納期は守ったのはいいとして――どうして、大量の違反令状が廻ってきている? おまけに荷物の受取人が半分も逮捕だ? なあ、マリィ。教えてくれ。受取人払いの荷物を運んで、受取人が捕まったらだな。我々はどこから料金を受け取ればいいんだ?」

「仕方ないでしょ! 時間が無くて検問なんて悠長に受けてるヒマなかったんだから! それに受取人が捕まったのは自業自得じゃ無い! 人に密輸の片棒なんか担がせようとするから……!」

「お前の仕事は、ただの運び屋だ! 囮捜査官でも無ければ正義の味方でもない! どうせ、検問破りだって、捜査官を引っ張っていくためだろうが! 検問破りの出頭令状! 航路法違反! 超光速航行安全基準違反! まだまだあるぞ!」



 ドサドサドサと書類の束をマリィに押しつける。 


 

「あ? やっぱりわかっちゃった?」


 

 しまったなあ、という顔つきで書類の束を抱えたマリィを睨みながら、ダニエルは心底疲れたというように椅子にへたり込んだ。


 

「わからないわけがあるか。見え見えの古い手を使いおって。とにかく、だ。腕は認めるが、トラブルが多すぎる。よって、当組合はマリィ・ガルドとの契約を解除する。理解したか? したら、サインしろサイン。日付はこっちで入れるから空欄にしておけ」

「冗談でしょ? 本気でクビ?」

「本気だ。退職金代わりに罰金ぐらいはこっちで払っておいてやる。サインをしたら、この仕事を片付ける。以上だ」

「クビなのに仕事?」


 普通、順番が逆じゃ無い? と言うマリィの抗議はあっさりとダニエルに笑い飛ばされた。


「指名依頼だからな。断れるもんなら断っとる。いっとくがな、その依頼を蹴ったらクビだけじゃすまんぞ。恒星間航行ライセンス剥奪、特殊航宙艦運行ライセンス剥奪、もろもろまとめて失効だ。それでも構わんなら、今日の日付で契約解除でも構わんぞ」


 ダニエルの言葉をゆっくりと繰り返したマリィの腕からドサドサと書類がこぼれ落ちた。

 ぽつりと冗談でしょ、という言葉が口からこぼれ落ちる。


 銀河を股にかける運び屋を生業としているマリィは当然のことながら、専用の恒星間宇宙艦をもって組合からの仕事をこなして生計をたてている。


 組合との契約が解除されたとしても、船そのものはマリィが保有しているため、その気になれば個人で仕事を請け負うという方法がある。


 が、その仕事に必要な各種ライセンスが剥奪されるとなれば話は別だ。


 下手をすれば宇宙に出ることさえ不可能になってしまう。


「お、横暴よ! どこの誰よ! そんな無茶ぶり、ブッ込んで来るヤツって!」

「帝国貴族だ。たしか、正確にはどこかの衛星国家の領主だったと思うが……ああ、これか。マーリア王国とか言うらしい」

「は? 帝国貴族の領主様? それが、こんなアタシを名指し? なんで?」

 


 帝国――正式には銀河系セイファート神聖帝国における執政領域というのが正式な名称だが、他に類を見ない巨大さと歴史の長さをもって単純に帝国と呼ばれていた。


 実に直接支配している有人星系だけでも、銀河系に存在する居住可能星系の4割に達する事実上の統一国家。


 直接的な支配下にはなくとも、領主や支配者を帝国貴族の一員として遇する間接支配を好むことでも知られており、こうした星系国家を含めればさらにその支配域は膨れ上がる。


 帝国の庇護を受けた星間国家の王族となれば、マリィはもちろんダニエルでさえも映像コンテンツを介するぐらいしか顔を拝む機会は無い。


 もちろん、その依頼に逆らうなど不可能に近い。ほとんど脅迫と言ってもいい依頼と言える。



「とにかく、そういうことだ」

「わかったわよ! 受ければいいんでしょ、受ければ! で、荷物は? 届け先は? 宝石? 人質? もう、なんだって運ぶわよ!」


 やけくそ気味で怒鳴り返すマリィの言葉に対するダニエルの言葉は素っ気ないものだった。


「知らん。首都星まで取りに来いとさ。詳しい説明は向こうで聞け」

「ちょっと……無責任じゃない? 仮にも組合の受けた仕事でしょ?」

「今回は斡旋だ。理解出来たら、さっさと行け。契約解除の日付はこの任務の完了後にしておいてやる」

「あっそ。わかりました。それじゃあ、どうもお世話になりましたっ!」


 最後の最後に厄介事を押しつけられ、マリィはブンむくれのままオフィスを後にした。もちろん始末書なんて、放ったらかしのままで。


   †


「で、ろくに話も聞かずに飛び出してきたと。その時も、そんな顔つきだったのか?」

「ほんっとに頭に来るんだから! ああ、もう。思い出してもムカついてくるんだけど! って、あたし、そんな変な顔してる?」

「ああ。ブンむくれで真っ赤かで、ちょっとアレだな。同族の異性には見せられない顔だな。髪は乱れてるし。呼吸も荒い。しかし、まあ……本当にアレだな。そうしてるとヒトと変わらんな、君は」

「そういうルフだって、話をしてる分には人間と変わらないじゃ無い」


 恒星間高速封鎖突破輸送船ブロッケードランナー酔いどれ七面鳥号ウッターターキー〟のブリッジで器用に触腕を操りながら、マリィは船を操縦している猫型の異星生命体の相棒を眺めやった。


 遙かな昔、人類発祥の惑星に生息していたという黒豹という動物に酷似している姿は、一見すると猛獣にしか見えないがヘタな人間よりもよっぽど紳士的だ。


 少なくともマリィのような異端児であっても、こうして丁寧に接してくれる。


 さすがに口の形が違うので銀河標準語を肉声で発することは出来ないが、1種のテレパシー受信装置を介して、こうして話をするのに不自由は無い。


「あーもー。あのクソ所長もルフみたいにジェントルマンだと良いのに」

「過ぎたことを言っても仕方ないぞ。1週間近くもグチを聞かされている私の身にもなってくれ」


 クビを宣告されて今日で5日目。今は依頼人が待っているマーリア星系に向かっている真っ最中だった。

 急な話ではあるが、〝いつでも、どこでも、誰にでも〟がモットーの運送組合にとってはいつものことと言えばいつものことだ。


「それにしても、アタシを名指しだなんて。なんでだろ」

「さあな。まあ、強いて言えば縁があったんだろう。確か、君の機体からだ。基礎設計はマーリア王国の初代国王だったはずだぞ」

「嘘っ! そりゃ古い機体からだだけど、マーリアの初代国王って千年以上も前の人じゃ無い!」


 仕事を受けるにあたり、マリィもそれなりにクライアントのことは下調べしてある。

 マーリア王国の建国は今から1500年前に遡る。当時、航海王と呼ばれた一介の冒険商人が一代で興した星間国家が発展し、今のマーリア王国となった。

 冒険王の名にふさわしく様々な伝説や逸話が多い人物だが、確かなのはパイロットとしてだけではなく技術者としても優秀な人物だったということだ。

 その証拠に、現在でも彼の発明による技術は改良を続けられ、使われ続けているものが少なくない。

 

「彼が設計理念だけを残して、後に改良して作成されたプロトタイプだったはずだが。というか、マリィ。なぜ君が知らないんだ」

「いやー。スペックだけしか興味無くて」

「嘆かわしいね。歴史は貴重な財産だぞ」


 紳士的だがいささか説教臭いところのあるルフが、いつものように説教を始めようとしたところで軽やかなチャイムがブリッジに鳴り響いた。


「あ、ほら。呼んでる呼んでる」

「まったく。おっと、もうこんなところか。そろそろ、超空間ハイパースペースを出るぞ。マーリア管制へのコンタクトを頼む」

「了解。通常空間位相化ワープアウトシークエンス準備開始――ランチウィンドウ確認。マーリア管制からワープアウトの許可確認。続けて、指定進入速度を受信っと……え? ちょっと速くない?」


 超空間ハイパースペースを超光速で巡行中の艦船は軍民問わずに、いったん外惑星軌道にワープアウトするのが暗黙の了解となっている。


 内惑星軌道にいきなりワープアウトするというのはよっぽどの緊急事態か、あるいは宣戦布告に等しいと見なされるのが通例だ。

 無警告で、いきなり迎撃されても文句は言えない。


 外惑星軌道にワープアウトするには超空間ハイパースペース内で十分に減速しておく必要があるが、マリィがマーリアの管制局から受け取った速度では内惑星軌道にワープアウトしてしまうことになる。



「何かの間違いじゃないのか? こちらからも問い合わせてみる」

「お願い。こっちも別チャンネルでもう一回確認してみるね」



 こうした手違いに備えて、管制局への問い合わせ。それも複数チャンネルを使っての確認というのは珍しくは無い。

 むしろ、航行安全基準としては常識といっても良い対応だ。


 だが、それでも返ってきた答えは最初のデータと同じだった。


 しかも、管制局から受け取ったデータを鵜呑みにするならばワープアウトの座標は首都惑星の第1衛星の内側。

 地上の感覚で言うならば、本社ビルの玄関に横付けどころか、重役室に地上車ランドカーを直接、乗り入れるぐらいの違和感がある。

 さらに付け加えるように、第1衛星の質量や軌道要素まで送ってきていた。

 ここまでお膳立てされると、逆にそこ以外には絶対にワープアウトするなと強制されているようにさえ思えてくる。



「……これはまた」

「だよね」


 

 帝国貴族の領主一族の依頼、というだけでもかなりヤバめの空気をビンビン感じるというのに、まるで人目をはばかるような管制指揮とくればなおさらだった。

 


「念のために準備だけでも、しておこうか?」



 思わず腰を浮かせたマリィの肩をルフが触腕で、ゆっくりと押さえつけた。


 

「落ち着け。君だけ出ても仕方ないだろう」

「いや、それはそうかもだけど」

「わざわざ、懐に招き入れるんだ。取って食おうって訳でもないだろう。とりあえず、話を聞くのが先だ」

「了解」



 渋々という感じでマリィは改めて、ブリッジのシートに座り直した。ルフの操船を横目で眺めながら、ワープアウトの衝撃に備える。


 マーリア星系航路管制局の指示に従い、ワープアウト。船体全体が海洋惑星ならではの、青白い光に包まれる。


 

『こちら、マーリア星系航路管制局。銀河系広域運送請負組合船籍〝酔いどれ七面鳥号ウッターターキー〟ですね? ようこそ、マーリア王国首都星アルドへ。歓迎致します。貴船は大気圏突入能力はお持ちですか?』

「こちら酔いどれ七面鳥号ウッターターキー。当船はもちろん、大気圏突入および再離脱能力を備えています。ご安心を」


 

 営業用のスマイルトークでマリィが応じるとすぐに管制局から、惑星への進入経路が返ってきた。


 

 北半球の海洋地帯。


 

 地図で見る限り、特に大陸も海上都市もない。

 王宮や首都機能は南半球の大陸に集中しており、北半球に存在するのは廃棄されて久しい旧王宮だけだ。

 最終着水地点は旧王宮の目の前の海域が指定されていた。


 

『それではお待ちしております。よい航海を』


 

 形通りの挨拶と共に通信が切れる。


 

「旧王宮だって」

「何を運ばされるのかはわからんが……この前の麻薬の原料なんぞよりよっぽど物騒な雰囲気だな」

「あーもー。最後の最後にこんな仕事とか! 今度あったら、髪の毛引っこ抜いてやろうかな」


 

 むすっとした表情を隠さないマリィを眺めつつもルフはそのまま、大気圏突入シークエンスを開始。全長200m弱の巨体がゆっくりと蒼い惑星に近づいていく。


 

「マリィ。とにかく機嫌を直して笑顔だ笑顔。もしかするとものすごいお宝を運ぶことになるかもしれないじゃないか」

「お宝? どうせあたしたちには関係ないじゃない。可愛い男の子ならともかく」

「……君の趣味は本当に特殊だな」

「いいじゃない。ちょっとぐらい夢見ても」


 

 もちろん、この時にはその言葉が現実の物になるとはマリィもルフも露ほども想像していなかった。

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